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Episode3…領都・ルードへ
「はて…原因が解らないのにこんなに荷物を持って行っても仕方ないよね?」
辺境伯様からの手紙に返答を返して3日、取り敢えずは一度見て欲しいと言う返事が返って来た、可成り急ぎたい様で5日後迄には来邸する様に…との要請、アリスはそれを受けて準備を進め、何時でも向かえるだけの用意を整えた所だった、然し、ふと疑問を感じる…考えてみれば熱と眩暈と動悸等の症状だけ考えれば、然程大事とは思えない、ただ微熱が続いていて時折妙な事を口走ったりしていると言う文面に少し疑問を抱いた、もし、病気でない場合、そのお姫様には別の原因の恐れがあると言う事。
病いだけならその人に一番相性の良い薬を作れば済むのだが、万が一それ以外の要因があるとしたら…そうなると先ずは状況把握をしなければ対処のしようが無い。
薬で済む場合なら即効性があり直ぐに効果を期待出来る物を作れば良いだけ、然し、その他何らかの要因があるなら、やはり先ずは対面してみないと解らない、そこでもう一度、準備した荷物の事を考える。
今回、材料だけを詰め込んで3つも作った鞄は余り意味が無いと思えた、確かに自分は非公式で薬師なのだが、薬とはあくまで症状に対する緩和措置の意味合いが強いので効率重視とは言えない、となれば準備した材料が多過ぎると感じて仕舞うのである、だからアリスは解らない場合も踏まえ、一番効率の高いポーションに使える素材を中心に荷物を精査して鞄を一つ作り直した。
所で…話は変わるが。
このホワイトガーデンから辺境伯様の住う領都・ルードに向かうとなると一番早い交通手段である馬車を使っても3日は掛かる距離、手紙には本日の午後には迎えに上がると言うけれど…一体誰が迎えに来るのだろう?
荷物の精査を終えたアリスはその事が気になったのか自室を出ると聖堂に足を運んで中央に鎮座する石膏像の前に一旦立ち止まる、そこには聖教協会の信仰神、聖女メリヴィエール様があり、彼女はこの2年間、毎日一回…その前で跪き手を合わせ目を閉じている、今回は何時ものお祈りプラス神頼み見たいな思いで跪き手を合わせ
(私にどうにかなる代物なのかしらね…今回の事で何かしら結果を出せれば良いのだけども…)
…と心で呟く。
そんな不安を感じる彼女にどこからかともなく声が響いて来た、その優し気な声は何だか聞き覚えのある様な懐かしい様なそんな声。
『貴女なら大丈夫…』
それが幻聴なのか何なのかは解らないが兎に角、頭の中をそんな言葉が小さく通り抜けた。
(大丈夫…って、私なら問題ないって事かしら?)
勿論半信半疑ではあるが、その声を信頼するならばきっと自分には大丈夫な事なのだろう…アリスは少し肩の荷が降りた様な軽さを覚えて立ち上がると聖堂の入口から表に出た。
まだ、朝の光が差し込む正面のガーデンスペースにはホワイトガーデンの名付けの一つでもある白い花が咲き誇る、これ等は百合の花や、他の花々が白く変異した種類で、これから夏に変わる季節ではあるけれど、グリーンヒルには案外涼しい風が吹き抜けていた、それは周囲を取り囲む環境の所為、鬱蒼と木々の生い茂る緑多き森とその森の中を縫う様に蛇行する流れる小川の相乗効果。
眼下の先には麓に続く道とこのホワイトガーデンに立ち寄る為に登る階段があり、お迎えの馬車はその階段の下迄来てからUターンして辺境伯邸がある領都ルードへ向かうとの事。
大きく深呼吸を一つ吐いたアリスは再び自室に戻り、減らした荷物を背中に背負ってから再び聖堂の先の入口を出る、そろそろ到着なのだろう、程なく女神官のアルマ先生が現れると視界の先の可成り遠い辺りから馬車がこちらに向かって来る様子を確認出来る。
「くれぐれも宜しくお願いね、アリス」
「はい、アルマ先生」
二人が横並びに立って暫く…辺境伯家からのお迎えである馬車がホワイトガーデンの階段下で止まる、見た目はそれ程豪華絢爛と言う物では無くてどちらかと言えば庶民の感覚に近い感じの作りとなっている、そして馬を止めてそれを引いて来た男性を見た瞬間、アルマ先生もアリスも言い様の無い笑顔が包まれた。
馬車を引き、アリスを迎えに来たのは何を隠そう去年にホワイトガーデンから退所して辺境伯家の銃士隊にお世話になっているオルガ…つまりホワイトガーデンの卒院生だったのである。
牽引台を降りるなり大きな声で階段下からオルガは
「アルマ先生、お久しぶりです」
そう言って階段を駆け上がる、目の前まで来たオルガはアルマ先生に一礼した。
「まあまあ…オルガじゃないの!久しぶりね、向こうではちゃんとやれてるの?」
「はい!良き先輩にも恵まれて今は領都の警備を担当する様に言われ、勉強しながらやっております、それと、アリスも久しぶりだな、今日は辺境伯様からの御命令を受けてお前を迎えに来たよ、何でも厄介事みたいだな」
「オルガ兄様、厄介事ではありますが、ホワイトガーデンを維持存続されてくれていられる辺境伯様からのご依頼ですからわたくしに断る理由などありませんよ」
「成る程」
「兄様、お茶でも飲んでから行きませんか?」
「アリスが淹れてくれるのか?」
「お望みならばとっておきのハーブティーを淹れて差し上げますよ」
「それは何とも楽しみだな…じゃあ、お願いしよう」
「はい…兄様」
本来なら蜻蛉返りという所だが、お茶の一杯位を飲んだ所で到着時間の差異は然程ないので、アリスの誘いに応じる、とは言え孤児院側の食堂へ行くには少し片手間なので、ここにいた頃の作法と言うか飲み方でマイカップを荷物の中から取り出した、そうするのはここに来る迄に一度は野宿をしないとならない事が要因、その為、野営用に最低限必要な道具を積んでいた、実はホワイトガーデンの麓の町アラッソを出ると長い平原と森が続く、次の近隣の村バロッソに行く迄に1日を要する為に一度は野営をしないとならないと言う事情がありその為に道具を積んでいるのである。
アリスはそれを聞いて知っているので、オルガが差し出した木製のマグカップを見ると、オリジナルで配合して作り上げたハーブティーの元を取り出し、更には足元に落ちている材木片を拾い上げ手に乗せる。
「今、作りますね」
そう言ってからその材木片に錬成術を使い木製の急須と自分用の木製マグカップを作り出した。
「相変わらず大した腕だな、アリス」
「出来るんですから仕方ないではありませんか…ちょっと平らな場所を借りますね」
アリスはそう言って周りを見渡すと階段下に止まる牽引車の所に平らな場所を見つけてそこに行き、その場所に急須を置くと配合したハーブティーの材料を淹れ、火と水の合わせ技でお湯を作り出し急須に注いでから降りて来る様に手招きして誘う、オルガにしても同行したアルマ先生にしてもそんな光景は見慣れた物で驚く事はないが、そのパッと見の非常識さに溜息を吐いてからオルガが階段を降りて牽引車の所迄来る、アリスはニコリと微笑むと手を伸ばして
「兄様、マグカップを下さいな」
と言えば、オルガはそっとアリスにそれを手渡してから小さく
「おう…」
…と、答えた。
オルガから手渡されたマグカップと自分のマグカップにもハーブティーを並々に注ぎ入れ、アルマ先生の分も…とアリスは言ったが今は良いとの返事が返って来たので二人でコップを当てて乾杯し、ハーブティーを口に運んだ。
「こう言う事には長けてるな…アリス」
「そうですか?あんまり自信あり気にはしていませんよ私…大体何時も眠る前に自分の為に作って飲んでるだけですもの」
「いやいや、器用って事さ、アリスは何でも出来てしまうから俺は羨ましいよ」
「兄様にそう言われると恥ずかしいです」
オルガとアリスはこのホワイトガーデンではとても仲が良かった、お互いに『好き同士』等とも言われたが、実際の所はそう言う事ではなくお互いの才能を讃えあう男女と言う辺りが周りから見ればそう見えていただけで、当の本人達も兄妹の様な関係以外の関係は無く、オルガが退所する別れ際もアリスは旅立つ兄を見送る妹の様な態度でいた。
ハーブティーを飲みながらアルマ先生も咥えて他愛も無い話を暫く交わしてからある程度時間が過ぎた頃、オルガの方から「そろそろ向かうよ、アリス」との声が掛かりアリスが小さく頷く。
「それではアルマ先生、アリスを預かりますね」
「道中気を付けなさいね、盗賊も出没すると噂に聞いていますから」
「大丈夫ですよ、アルマ先生、そもそもアリスに喧嘩を売る方が無謀と言う物ですし、僕も経験を積んで更に力を付けました、心配はご無用です、それに町に寄れば護衛役の頼りになる先輩方と合流するので滞り無く辺境伯様の邸宅にお届け出来ます」
「それなら一安心です、アリス…貴女も加減を忘れない様に気を付けなさい、貴女はそれなりの力を持っているのですからね」
「はい、なるべくオルガ兄様や護衛役の方々に迷惑の掛からない様努めますわ!」
アリスはそう答えて笑顔を向けると牽引車の方に乗り込みオルガは牽引台に登り手綱を取って軽く叩けば、ゆっくりと牽引馬の方は馬首を返しながらホワイトガーデンを後にした、その後ろ姿を見ながら、アルマは旅の無事を祈る様に手を組み目を閉じて俯き加減で馬車を送り出した。
そして、当のアリスは初めて馬車による旅を体験するのである。
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