エピローグ

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 無花果ちゃんは煙草の火を灰皿に擦りつけて消すと、交代とばかりに話し始めた。 「『桜野美海子の最期』を読みました。  貴様は桜野美海子が背中を向けている間に素早く棚から取った血のりを口の中に仕込んだと云いますが、気付かれないわけがないでしょう。ミルクティーには口をつけただけで飲まなかった、というのも嘘です。貴様は床に膝を突いており、桜野美海子からカップの中身は丸見えです。それに、桜野美海子が貴様の絶命を確認するために脈を取らなかったはずもありません。  導き出される答えはひとつ。貴様はずっと前からその展開を予期し、準備を終えていた」  別に完全に予期していたのではない。そんな超人的な力は僕にはない。  ただ、砒素を捨てないでおいてくれ、と云われた時点で桜野がそれを使うつもりなのは分かっていた。桜野が本当に僕を殺そうとするかどうかは五分五分だったけれど、殺すならきっとその毒を使うだろうとも、漠然と思っていた。死なないチャンスを与えるため、だけではない。桜野が僕に砒素を捨てないよう云った以上、あれが使用されて誰かが死ねば、僕には犯人が桜野と分かってしまう。なら砒素が使われるのは、最後の最後。きっと僕が殺されるとしたらそのときなので、やはり毒は僕用だ。伏線がどうこう、なんて話す桜野の姿まで目に浮かんだ。 「貴様は砒素を、桜野美海子が拝借しに来る前に、すべて偽物と替えていたのです。桜野美海子が読書に疲れたなどと云いながら訪ねてくる前ですね。それを疑われないように、コップは洗面所に放置していたのです。  偽物とはおそらく、各部屋にあった珈琲用のクリーミングパウダーでしょう。どちらも白色粉末状結晶。桜野美海子は珈琲が嫌いなので、クリーミングパウダーなんてほとんど目にする機会がありません。また、桜野美海子は推理小説フリークですが、経験的な知識や常識が欠けています。砒素をクリーミングパウダーに差し替えられていても気付きません。まさか自分が飲んで確認できるものでもありませんから。  なので桜野美海子が砒素と思ってクリーミングパウダーを入れたミルクティーを飲んでも、貴様は何ともなかったのです。  では血のりと脈はどうしたのでしょうか。  血のりは十一階にあったものを、以前にあそこに行った際に、拝借していたのでしょう。だから常に懐にあったのです。
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