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推理小説において暗黙の了解とされている事柄は多々あるけれど、そのひとつは〈探偵は助手より有能〉というものだろう。
一見当たり前の話である。助手の方が有能なら、立場が逆転し、助手は探偵に、探偵は助手になるはずだ。
絶対にそうとは限らないのに。
僕は名探偵・桜野美海子の語り手である。僕は桜野に分かるようなことはすべて分かったし、桜野にできるようなことはすべてできたけれど、自分から主体的に能力を発揮するのも面倒なので、彼女の語り手として生きてきた。語り手である以上、桜野を持ち上げるし、陰ながらサポートする。語り手なので出しゃばってはいけない。桜野本人にすら僕は無能なワトスン役と思わせておくのが正解だ。能ある鷹は爪を隠す、という文句もあるとおり、能力の高さというものは隠しておくのが定石である。
今回の白生塔で。
十一階の存在は僕もはじめから分かっていた。獅子谷氏がそこにいるだろうこともだ。だから一日目の晩に、僕は僕で十一階に行ってみた。獅子谷氏の死体があったのは少し意外だったが、そういえば桜野が妙にソワソワしていたし、なるほどそういうことかと得心した。
それからは、自分が殺されないように注意しつつ、桜野の犯罪を見守るに徹した。ところどころで補助もした。語り手として当然の務めである。
しまいには桜野は僕ら全員を殺したと思って満足して自殺したけれど、語り手たる僕にはそれを止めるつもりもなかった。彼女の行いを最後まで見届けるつもりだった。彼女のことは僕も好きだったので残念だと思ったけれど、いずれはこうなっただろうなと納得する気持ちが強かった。
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