ありきたりな婚約破棄

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ありきたりな婚約破棄

 ディアストン王国の王都にある王立ディアシング学院。  ある日の放課後、2棟ある校舎のうち生徒が普段過ごす棟の2年生のクラスの入り口に、たくさんの生徒が集まっていた。  その中心には、3人の生徒が立っている。  1人目はディアストン王国の第1王子であり王太子のアース・ディアストン。少し癖のある茶髪と、王族の証といわれる紫色の瞳をしている。  2人目は隣に立ちアースの腕に自身の腕を絡めている伯爵令嬢のエミリー・バスティア。ウェーブがかったピンク色の髪の毛と同色の瞳は、一目見ただけでも可愛らしい印象が窺える。  容姿の整ったふたりが寄り添う姿は、誰もが目を止め、息を止めるほどお似合いだった。  3人目は侯爵令嬢のリィン・ベリー。金髪碧眼の彼女は、つり目気味でまるで悪役令嬢かのような雰囲気があった。  彼女は目の前の2人とは対称に、学院中の生徒から嫌われている。  というのも、リィンにまつわる悪い噂はたくさんあり、あることないこと関係なく囁かれてしまっているためだ。  今、このクラスに集まっている人々は、そんな面々がこれからどんなことをするのかを見届けるために集まっていた。  リィンは、そんなことを気にすることもなく、挨拶をしたきり自身を呼びつけたアースをただただ輝いた目で見続けている。  そんなリィンに軽蔑の目を向けながら、アースはクラス中に聞こえるほどの大声で告げた。 「侯爵令嬢、リィン・ベリー! 俺はお前との婚約を破棄する。分かったか?」  婚約破棄シーンには定番のセリフを、恥ずかしげもなく、さも当然のように言ってのけたアース。  そんなアースを前に、リィンは動揺を隠せなかった。  目を丸く開き、耐えられないといった様子で叫んだ。 「えっ、あ、アース様……? ど、どうしてですの……っ? わたくしっ、将来のためにたくさん妃教育を受けてきたんですっ! 厳しくても、泣き言も言わず受けてきました! なのに、どうして……っ?」 「鈍いな。俺の気持ちを察することも出来ずに、妃教育を受けてきた……か? 馬鹿馬鹿しい! 金輪際、俺とエミリーに近づくな」  そこまで言われたリィンは、アースの剣幕に押され諦めたように口を閉そうとする。  しかし、リィンはまだ聞きたいことがあった。いや、納得できなかったのだ。  真剣な面持ちで、リィンはノースに問う。 「アース様……いいえ、アース殿下。最後にひとつだけ教えてください……っ。なぜ、なぜわたくしとの婚約を破棄するのですか? わたくしは、何も悪いことはしていないと断言できますのに」  断固として認めようとしないリィンに、アースは顔をしかめる。隣のエミリーはまるでリィンに怯えるかのようにして、アースの制服を掴む手に力をいれた。 「この期に及んでもまだ言い訳をするか、白々しい。エミリーから聞いたぞ。俺のいないところでは、婚約者という立場故に他者を見下していたそうだな?」 「……なんの、ことですか。そんなこと……」 「ベリー様、安心してくださいっ! アース殿下のことは、私が幸せにしてみせますから。ですから……もう、あんなひどいことしないでください!」  エミリーの言葉を聞いた回りの生徒が、こそこそと話をする。  中には、嘲笑うものもいるくらいだ。  リィンはそこまできてやっと、自分がアースとエミリーによって窮地に立たされていると悟った。  それに、今ここに自分の味方はいないということも。  リィンは、青ざめた顔で制服の裾を掴みながら、震える声で言った。 「も、申し訳……ございません」 「ふん。みなの、それからエミリーの広い心に感謝することだな。俺は決して、お前を許したわけではない、そのことだけは忘れるなよ」 「……ご忠告、恐れ入ります」  それだけ言うとリィンは踵を返し、好奇の目に晒されながらも、寮に向かって歩き続けた。  リィンの去った教室内では、先ほどの出来事についての話題でしばらくもちきりだった。 ◇◆◇  まだ婚約破棄の件はそれほど広まっていなかったが、ひとりでとぼとぼと歩くリィンを物珍しそうに見るたくさんの生徒からの視線を感じながらも寮に着いた。  自室の扉を開くと、そのまま自分のベッドに腰を下ろし横になる。  しばらくして目をつぶろうとしたとき、ドアの開く音と、続けてルームメイトの声がした。 「……あら? リィン、今日は戻ってくるのが早かったのね」 「メイ……。おかえりなさい」 「ただいま。……どうしたの? 元気ないね。妃教育とかで疲れちゃった?」  そう声を掛けたのはパルス子爵家のメイだ。オレンジ色の髪の毛と青色の瞳を持っている。  メイはいつも、図書室に寄ってから帰ってくるらしい。眼鏡をかけた、おっとりとした優等生だ。  ちなみに、この世界での眼鏡は、頭の中がスッキリして、物事に集中しやすくなる効果を持っているため、多くの優等生に人気である。  おそらく今日も、図書室に寄ってから帰ってきたのだろう。だとすれば知らなくても無理はない。  自分から告げるのは辛いが、このまま黙っておくよりはいいだろうと思い、リィンは口を開いた。 「……あの、ね。メイ、わたくし……婚約破棄、されちゃった」 「えっと……それって、やっぱりアース殿下のことよね?」 「そうよ」  思っていたよりも声は震えておらず、自分で驚いた。  それでも滲み出る悲しさを、メイは聞き逃さない。 「……っ、リィンは大丈夫なの? 泣きたかったら泣いてもいいのよ!」  こんなときに、メイの優しさは嬉しい。  メイは、嫌われているリィンにとって、唯一の味方のようなものだった。 「ありがとう、メイ。……辛い……のかも、あまり分からないわ。気持ちの整理がしたい……少し、昼寝でもしようかしら」 「……そう。無理はしすぎないでね」 「ありがとう、メイ」  そういうと、リィンは目を閉じた。  いきなりの婚約破棄、訳の分からない理由、今までよりも冷たいアースの瞳、何故かアースの腕にしがみついていたエミリー……。  今日起きたことが、一斉にリィンに襲いかかってくるかのように思い出された。  しかし自分が思っているよりも疲れていたのか、すぐに眠りにつくことが出来た。 ◇◆◇  空がオレンジ色に染まり始める頃、リィンはふと目を覚ました。  元々あまり寝るつもりはなかったので、ちょうどいい時間に目が覚めたと思いながら体を持ち上げたリィンは、ひとつ違和感を感じた。 (……ここ、どこ?)  見慣れない、真っ白な壁。見たことのない、薄く黒い大きな板。テーブルの上には、大きな黒い板と同じものが小さくなったようなものが置いてあった。  リィンが寝っ転がっていたのは、全く知らない、シンプルなベッドだった。  こんな部屋にいた記憶も、寝た記憶もない。 (どっ、どういうこと?)  噛み合わない記憶にただただ困惑するリィンだったが、リィンは深呼吸をした。  落ち着かなければ、分かることも分からない。  そして、落ち着きを多少取り戻したリィンは、改めて部屋を見回す。  綺麗な壁や床、天井。テーブルの上に置かれた冊子のようなものと薄く黒い、小さな板。その奥には、薄く大きな黒い板もある。  やはり、リィンからしたら見覚えのない場所だった。 (──……あら? でも、この雰囲気は……)  リィンはそこまで考えると、ひとつ、既視感に近いものを覚えた。  学院の図書室で見た、ここの特徴と一致するものを見たことがあったからだ。
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