謎ばかりの“逆”転生

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謎ばかりの“逆”転生

 慣れない場所に戸惑いながらも、リィンは必死に“あの物語”の内容を思い出そうとしていた。  学院の図書室には、たくさんの書物がある。小説から、図鑑など。  リィンは言うと驚かれるのだが、ときどき思い立つと図書室に寄り、よく色々なものを読んでいた。  世界のどこでも置いてある“あの物語”は、もちろん学院の図書室にもあったから。 (……うん、間違いないわ。ここは『伝説の世界』……)  全く見慣れない場所で目を覚ました、その部分から、リィンはそう判断した。魔法が使えないという相違点もあるが、リィンは魔法が使えないために確かめることはかなわないが。  ──『伝説の世界』。  およそ140年前に、他国のウィリアム・トリスタンという当時は平民だった彼が言い始めた、世界を動かすまさに伝説の世界だった。  今でもこの話は、たくさんの人々に語り継がれている。  その内容は、こんなものだった。  彼は平民生まれの長男で、宿屋のおかみである妻を手伝っていた。  しかしある日から妻が病に倒れてしまい、ひとりで働く日々が続いた。  そんな日々が続き、疲れてきたある日、眠りにつくと見知らぬ場所にいたという。  そばにあった机には、ひとつの謎の機器。  電源らしきものをつけると、その画面にはたくさんの文字の羅列が表示されたのだという。  なぜかその文字が読めるということに気がついたウィリアムは、その羅列を読んでった。  すると不思議なことに、自分の今までの人生と全く変わらない内容があった。  どうやら、ウィリアムが乗り移った男性は、小説家だったようなのだ。  自分達は、この世界のキャラクターだ。そう察したウィリアムは、自身の楽になりたいという欲望から、1話だけでも続きをかくことを決意した。  ──せめて、妻の病気が回復していくように、と。  書き終わったウィリアムは、突如強烈な眠気に襲われてしまい、目が覚めると自室に戻っていたらしい。  夢かと思えた不思議な出来事を内に秘めていたウィリアムだったが、ずっと病に伏せていた妻の体調が良くなっていったことをうけ、友人に告げることを決めたらしい。 『俺は、別の世界を見た』『魔法などは存在しないようだったが』『俺の人生と全く同じことが書いてあった』『そこに書いたことが本当になったんだ』  ウィリアムの言葉を受けた友人は、他の仲間にもどんどんと話を広めた。  信憑性はわずかだったものの、珍しい内容だったため、瞬く間に広がっていったのだ。  そのことが王や研究者にまで知られるようになり、ウィリアムはそのときのことを書くことにしたらしい。  そこまでの出来事をまとめたのが、『伝説の世界にて』という書物だ。  どこに行っても売っていたり置いてあったりする、とても有名な書物だ。  当然、リィンも読んだことがある。 (どうして、こんなとこに来たのか、来ることが出来たのか……。今なら分かる気がするわ)  ほとんどの人々が、一目でいいから見てみたい、行ってみたいと願う『伝説の世界』。  なぜウィリアムは来ることが出来たのは長年の謎になっていたが。  ──何らかにより、とても大きなショックを受けていた。  その部分は、ウィリアムのときの心境と似通ったものだったのではないだろうか。 (私は婚約を破棄されて、涙はこらえていたけどやっぱり辛かったのだわ……だから、救われたいって、思ってた)  ウィリアムの場合だって。  妻が病に倒れ、ひとりで店を切り盛りし疲れていて。  そんな状況になれば、救われたいと思うのは当然なのだろう。  リィンも、それと同じくらいなのかは分かるわけがないが──救われたいと思っていた。  家族からは腫れ物を扱うようにされ、唯一の希望だった婚約者、アースにも捨てられてしまった。まわりには、親身になってくれるのはメイだけだったのだ。  だからこそ、このような来ることになったと考えるのが普通だろう。  それに、もし今、この状況とウィリアムの体験が同じならば、どこかに小説を書くものがあるのではないだろうか。  そう思ったリィンは、何気なく机に置かれていた薄く黒い、小さな板を手に取った。 (一番怪しいのは、やっぱりこれよね……)  ウィリアムは折り畳める、薄いが大きい板のようなものだった。  だいぶ違うのは分かっているが、あながち間違いではないだろう。  なんとなく手に取り、その機器の横についていたボタンを色々と押していると、いきなり電源がついた。  やはり、これはウィリアムの見たものと同じ類ということだろう。 (本当だわ……。本当に、文字が読める。不思議……)  見たこともないのに、読める文字。  不思議な感覚に、リィンはひとつ思った。 (……もしかして、この身体の持ち主の記憶が分かるの……?)  ウィリアムはそんなところまで気が回っていなかったのだろう。  だが、そうすれば知らない文字が読めるという不思議な感覚も頷けた。  そんなことを考えつつも、リィンは身体の持ち主の記憶を、読み取ることが出来る限り思い出そうとしていた。  彼女の覚えていることならだいたい読むことが出来るようだ。  ──名前は如月(きさらぎ)真夜(まよ)。  現在は23歳で、誕生日は──いやそこは関係ない。  社会人として働くようになって1年も経っていないらしい。まるで昨日のことのように上司のうざったい姿が──だからそんなところは関係ない。  そして。 (やっぱり小説家なのね……)  これはもう確定したことだろう。  転生した際は、必ず小説を書いている人の中へ移ってしまう、と。  しかも、やはりというべきかその小説の内容は、リィンの人生と一致している。  つまり、あの世界はこの小説の話の世界なのだろう。  こんなことは、考えていても答えが出るわけはない。  そう思ったリィンは諦めて、小説の内容を読むことにした。
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