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 富樫巧の裁判が始まった。  那美は法廷の傍聴席に来ていた。  検察側証人席には亮次達がいる。近くの傍聴席に、谷口弁護士もいた。  審理は粛々と進む。  富樫の弁護士は、街中で亮次達五人とすれ違い因縁をつけられ、工事現場に連れ込まれて喧嘩になった、と説明していた。  亮次達は、富樫から喧嘩を売られたと訴えている。  プロボクサーである富樫の方が、明らかに不利だった。検察官が彼の行為を強く批判し、厳罰を、と主張していた。  違う、違う、違う……。何度も首を振る那美。あの日、少女のために怒りをぶつけていた富樫の姿が目に浮かぶ。  黙っていたら、私は一生後悔する――。  そう思い、立ち上がった。  「違います。富樫さんは私を助けてくれたんです。悪くありませんっ!」  気がつくとそう叫んでいた。  騒然となる室内。  谷口弁護士が睨みつけてきた。しかし那美は、彼に向かって「こんなお金いらないっ!」と手をつけずにいた札束を投げつける。そして、亮次を指さした。  「悪いのは、そっちの人達です。私は、その人達に襲われました。改めて訴えます!」  静粛に、と言う裁判官の声が響いた。  驚いている富樫と目が合う。那美はしっかりと頷いた。
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