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「もうどうでもいい、っていうような雰囲気になってるけど、どうしたんだい、いったい?」
「う、うん、まあ、その……」
なんとなく人を緩ませるようなところのある男だった。何かがほどけていくように、富樫は話し始めた。
「俺、子供の頃、両親が続けざまに死んじまってさ。どっちも病気。お袋が先で、なんかその後気落ちしたのか、親父が追うようにして。で、施設で育ったんだけど、そこでやってたボクシングが面白くてさ。もう、俺にはこれしかないな、なんて思ってさ……」
「強かったらしいねぇ。デビュー以来負けなしの連勝でしょ? 東日本の新人王一歩手前でケガしちゃったのが残念だけど」
言われて俯く富樫。
「そう。拳を骨折しちゃったんだ。治療が長引いて、その間にうちのジムの会長が病気して引退することになって、閉鎖っていう流れでさ。他のジムへっていう話もあったんだけど、なんか移籍料とか何とかでゴタゴタもして、面倒くさくなって。でも、ケガして試合から遠ざかっている身では何も言えなくてさ……」
ケガはもうほとんど治っていた。しかし、長いブランクがあったところにジムのゴタゴタ。イヤになりかけた時に、あの出来事があった。
「なんで傷害事件なんか起こしちゃったの? 何かワケがあるんでしょ?」
気障男がこちらをのぞき込むようにして訊いてきた。
「うーん」と口籠もってしまった。「街歩いてたら、あの連中が因縁つけてきたんだよ。変な工事現場に引きずり込まれたんで、仕方なく……」
「相手が悪いなら、それこそ早く出頭した方がいいんじゃない? 遅くなればなるほど、心証悪くなっちゃうよ」
「そうだよなぁ……」
深く溜息をつく富樫。空を見上げると、太陽に怒られているような気分になった。
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