1/1
前へ
/15ページ
次へ

 授業が終わり、帰宅の途につく那美。  静かな郊外の道を歩いていると、不意に男性が一人近づいてきた。穏やかな表情の紳士だ。  「森野那美さん、ですね?」  「そうですけど?」  立ち止まり、警戒の視線を向けながら応える那美。  「私は、佐島康輔氏の顧問弁護士をしている、谷口和夫という者です」  「佐島康輔?」  確か、市会議員だ。もしかして……?  「佐島亮次さんの父親です」  やっぱり、と息を呑む。  「あなたは、高校でいじめを受けていたそうですね。今、亮次さんを通じて、いじめをしていた学生達に注意がいっているはずです。あなたに酷いことをしないように、と」  那美はキッと谷口を睨みつけた。見え透いている。亮次がいるから、利香達は学校で幅を利かせているのだ。  「失礼します」  怒り、不安、つらさ、あらゆるマイナスの思いが交錯し、気持ちが乱れてしまいそうだった。那美は堪えきれず、立ち去ろうとした。  「お待ちください。これを受けとっていただきたい」  谷口が前に立ちふさがり、那美の手に無理矢理茶封筒を握らせた。厚い。  「何ですか、これは?」  「あの夜、何があったのか、あなたは何も知らない。あなたはあの場所にいなかった。そういうことで、お願いします」  谷口が丁寧ながら強い口調で言った。  茶封筒を開けてみると、そこには札束が入っている。おそらく、百万円はあるだろう。  「口止め料、っていうことですか?」  「いえ、お見舞い金とでも思っていただければ」  そう言い残すと、谷口はきびすを返し離れていった。  戸惑う那美。  どうしよう……?
/15ページ

最初のコメントを投稿しよう!

17人が本棚に入れています
本棚に追加