たった1人の君へ

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 ここ半年間。ずっと死にたいと思っていた。心療内科を受診して、抗うつ薬をもらっても症状は改善しない。  はじまりは、上司の異動だった。新しい上司はこれでもかとパワハラをしてくる50代のじじいだった。他の部下は、この上司が原因で何人か辞めてしまった。でも、自分が望んで入った会社だし、仕事は大好きだから辞めたくなくて。無理をした。それがいけなかったのだろう。  上司を目にするだけで、動悸に冷や汗。背中にワイシャツが張り付くほどだった。  通勤前、必ず腹痛に襲われる。精神的なものでしょうと医師からは言われた。休みの日は、なんともないのに。  もう、死んでしまいたい。消えて、なくなってしまいたい。明日の仕事は、行きたくない。この世界から、自分という存在がなくなってしまえばいいのに。隕石がぶつかって、人類みな絶滅なら極上の幸せだ。他人の不幸に構っていられないほど、心と体は疲れ果てていて。  そんなとき、最後に誰かと話したくなった。誰でもいい。何の話でもいい。自分以外の人間に、さよならを告げておこう。そう思って、片っ端から相談機関に電話をかけた。しかし、どこも通話中でいっこうに電話が繋がらない。5件目の相談機関でかけたのが、ひだまり相談室だった。期待なんてしていない。繋がったらラッキーくらいの気持ちだった。 「もしもし」  だから、電話越しに聞こえた美しい声に閉じていた心が開いたのには驚いた。低すぎず、高すぎない。もしこの世に天使がいるとするならば、こんなふうに声を発するのだろう。 「もしもし。聞こえてますか? ひだまり相談室の雛瀬です」 「あ、はい……」  何を話せばいいのかわからず、押し黙る。すると、電話の向こうにいる雛瀬という人がこう言った。
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