たった1人の君へ

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「目玉焼きには醤油派ですか? 塩コショウ派ですか?」 「……塩コショウ派です」 「よかった。僕もです」  一体、なんの会話なんだ。突然振られた話題に、思わず答えてしまったけど。雛瀬は続ける。 「たまにケチャップ派の人とかいません? ケチャップは、スクランブルエッグにかけたほうが美味しくないですか?」  どっちみち、卵には変わりないだろう。そう思って「はぁ」と気の抜けた返事をする。 「お名前を聞いてもいいですか?」 「……〇〇です」 「では、〇〇さん。なんでもいいですよ。僕とお話しましょう。眠くなったら、言ってくださいね。もう夜の1時ですから」 「はい……じゃあ……」  天使は聞き上手で。探せばどこにでも落ちているような、自分の不幸話をただ相槌をして聞いてくれた。パワハラを受けているなんて恥ずかしくて、家族にも友人にも言えなかったのに。電話越しならすらすらと自分の不幸話が出来る。 「辛いときは、まわりに頼っていいんですからね。僕でよければ、いつでもお話聞きますから。そうですね……来週の月曜日の夜7時とかどうですか?」  その時間なら会社から帰ってでも、大丈夫だろう。 「わかりました。よろしくお願いします」 「こちらこそ、よろしくお願いします。……約束ですよ」    天使の声が頭に響いて離れない。あの声を聞くために、今日も生きてみようか。そんなふうに、思った。
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