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「濡れているね」
「え」
男性が、僕のジャケットの襟を掴む。手首に触れてしまいそうなほど、近い。
「使って」
男性が革のバックの中から未使用のタオルを差し出してくれる。僕は、有難いと思いながらそれで髪の毛を拭くことにした。
「どうぞ」
男性に町丘と呼ばれたマスターが、グラスを渡してくれる。アルコール度数高そうだな。僕は、酒の強さは人並みくらいだ。酔っ払って記憶を無くすほどでもないし、一口で顔が赤くなることも無い。
「飲んでみて。ここの店は、他とは味が違うよ」
男性が勧めてくれたので、1口飲んでみた。……ちょっと辛いかも。あれ、でもすぐに甘くなって。意外といけるかも。そう思って、グラスの中の液体をまじまじと見つめていると男性が
「俺、相良(さがら)優希(ゆうき)っていうんだけど。きみは?」
「……雛瀬(ひなせ)です」
男性は下の名前も教えてくれたけど、ちょっと怖いから僕は言わなかった。それに嫌な顔を浮かべずに、相良さんは少し微笑む。
「雛瀬くんか。かわいい名前だね」
「……ありがとうございます」
もう何度も、聞いてきた台詞。名前に雛がついてるから、女みたいだとか学生の頃はいじられた。両親には悪いけど僕はあんまり、この苗字が好きじゃない。なんか、子どもっぽいっていうか。幼い感じがするから。
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