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『猫屋敷』
始業時間15分前に着いたが、石丸さんはもうデスクについてパソコンに向かっていた。
「おはようございます」
「・・・・・あっ坂本さん、おはようございます」
「あっセットアップですか?終わりました?」
「はい・・・これ・・・・」
「あ・・・・『まるア』リストですね・・・・」
「はい・・結構自衛隊内のことは把握していたつもりだったんですけど・・・・思ったより・・」
「ですね・・・僕も昨日見てちょっとびっくりしました、あっこの『危険度』って見ました?・・・で・・・・黒田さんが・・・・」
「『X』・・・・なるほどね・・・・」
「え?黒田さんのことご存知なんですか?」
「ええ、直接お会いしたことはないですけどね、お話は伺っています」
「どんな話ですか?」
「黒田さんは、自分の上官、黒田1佐の息子さんなんです」
「あっ・・・そうなんですね・・・」
「すごく素敵な方だと伺っています。会うのが楽しみで」
「はぁ・・・でも『X』って・・・・どういう意味だと思いますか?」
「ええ・・・まあ想像ですけど・・・『未知数』ってことだと思いますよ」
「未知数?」
「はい、そうですね・・・味方になれば鬼に金棒、敵になれば最悪の相手。でも、1佐の話を聞く限りだと、彼は『ヒーロー』だということなんで、金棒の方じゃないですかね笑」
俺はこの時石丸さんの言っている意味をよく理解していなかった。
始業の準備をしていると、1分前、ギリギリに係長と班長がやってきた。
「あっぶない・・ギリギリだったねーナンちゃん」
「いやさ、だからコンビニ寄るのやめようって言ったのに、朝混むんだからさ〜」
二人は相変わらず呑気な会話を交わしていた。
「あっ坂本くん、石丸くん、早速仕事入ってるんだわ。ちょっと行ってきてくれない?」
「はい」
「えーとね、この家に行ってちょっと話を聞いてきて欲しいんだわ」
藤本貞治68歳、都内の一軒家、元会社役員。
野良猫を大量に飼育していて最近近隣からの苦情が殺到している・・・
「・・・・これ区役所の仕事じゃないっすか?」
「うん、でもね、区役所も何回も行ってるんだけど、改善が見られなくてね、あと・・・・」
「藤本が『まるア』ってことですね・・・・」
「ううん、違う」
「え?じゃあなんで俺たちが?」
「猫」
「え?」
「猫の方。猫が普通の猫ちゃんじゃないの。おそらく二十匹くらい飼っていると思うんだけど・・・3分の1くらい、多分7匹くらい、アンドロイド・・って猫だから、キャットロイド?っぽいんだよね。まあ・・キャットロイドちゃん自体は別にそんなに珍しくないんだけどさ、こんだけ1箇所に集まるのってちょっとねぇ・・・珍しいを通りこしてるかなぁ・・って感じ」
「え?猫のアンドロイドもいるんですか?」
「え?いるよ?あったことない?割と見るよね、ナンちゃん」
「野良猫に多いもんね、そんな珍しくないよ」
「・・・・・・・」
猫のアンドロイド・・・キャットロイドっていうのか?
そんな物が存在していることも知らなかった。
センサーで確認すれば確かにわかったかもしれないが、まさか猫にもいるとは思っていなかったので、センシングしたことすらなかった。
ただ・・・もしそうだったとして、何が問題があるんだろうか・・・
猫が徒党を組んで人間を襲う?まあ・・確かに怖いことではあるが・・・・
「じゃあ、よろしくね〜」
俺と石丸さんで、現場に向かうことにした。
近場ってこともあり、電車で移動することにした。
石丸さんは、スマートウォッチで自動改札を通ると・・・
「おお・・・すごいですね、今はこんな感じなんですね・・・・」
「あはは、そうか電車とかあんまり乗らないですか?」
「そうですね・・車でいけないところ基本徒歩で移動していたので」
「そうなんすね・・・ところで石丸さん、犬派?猫派?」
「そうですね、犬ですかね」
「あはは、やっぱりそんな気がしました」
「え?そうですか?坂本さんは?」
「僕は・・・そうですね・・・猫かなぁ・・・」
最寄りの駅を降り、藤本さんの家に向かった。
都内の駅近、3階建ての大きな家、さすが元会社役員の家って感じだ。
玄関の前に立ちインターホンを押そうとすると、家の中なら猫の鳴き声が聞こえたきた。
まあ・・・でも騒音ってほどじゃないと思うが・・・
ピンポーン
インターホンを押して15秒くらいしてから返答があった。
「誰?セールスなら帰って」
「いえ・・あの、こういう者ですが」
俺は警察手帳をインターホンのカメラに向けた
「警察?何?」
「あー、市役所の方から連絡があって、ちょっとだけお話をさせていただけませんかね?」
「・・・・・・・市役所の奴らか・・・ああ・・開けるから入っていいよ」
「じゃあ、玄関先でいいのでお願いします」
藤本さんはドアを開けてくれた。
藤本さんは、中肉中背、ロマンスグレーのオールバック、なんというか、威厳があるというか、怖い上司というか・・その・・北野さんや南田さんとは全然違うタイプのナイスミドルという印象だった。
「で?何?」
「はい、最近お宅からの猫の鳴き声がうるさいって、苦情が増えてきまして・・・今どれくらい飼ってらっしゃるんですか?」
「え?20匹くらいだよ」
「20匹・・・さすがに・・・ペットというには多すぎませんか?」
「そんなの人の勝手だろうよ」
「まあ・・・そうなんですが・・・でも、最近特に深夜に猫の鳴き声がひどいって苦情がきていて・・・さすがにお一人じゃ面倒をみきれてないんじゃないですか?」
「そんなことねえよ」
「あの・・・二十匹もいると餌代とかも馬鹿にならないとは思うんですが・・・・」
「・・・あんまり自慢するつもりはないけどよ、金は持ってんだよ。あいつらの孫の分くらいまでは飼ってやれるよ」
俺が藤本さんと話をしていると、1匹の猫が階段から降りてきた。
暫くすると数匹の猫が集まってきて鳴き出しだ。
にゃーにゃー、にゃ、にゃーーー、にゃー
まるで合唱するかのように、鳴き出した猫の鳴き声は、さすがに騒音と言われてもおかしくないものになっていた。
「・・・あっ・・・ほら・・・藤本さん・・・やっぱりこれは・・・」
「お前らみてえな奴らがくるから、怖がってるだけじゃねえか」
隣で話を聞いているだけだった石丸さんが、携帯電話を取り出して何やら操作をしていた。
「出てけよ、お前らのせいだよ。ごめんな、みんな今帰るからな」
藤本さんはそう猫に話しかけて部屋の奥に戻っていった。
「藤本さん、これ以上苦情がくると・・・こっちも何もしないわけにはいかなくなるので・・・」
「うるせえよ、わかったよ、防音でもすれば良いんだろう?もう帰ってくれ」
藤本さんに追い出されて、俺と石丸さんは駅に向かった。
「どう思います?なんであんなに猫集めちゃったんだろうなぁ」
「・・・そうですね・・・ちょっと気になることがあったんで・・・帰ったらちょっと作業お願いできますか?」
「え?はい、なんですか」
「はい、ちょっと確信はないんですが・・・・」
帰りの電車の中で、石丸さんはイヤフォンでずっと何かを聴いていた。
その表情があまりにも真剣だったので、俺は声をかけれず無言で署に戻った。
「戻りました」
「あっお疲れ様〜どうだった。猫屋敷」
「ええ・・なんというか・・ただの猫好きのおじさんがたまたま猫を集めたらキャットロイド?でしたっけ。を集めちゃったんだじゃないですかね・・・まあでも、確かに騒音っていえば騒音ですねぇ・・・」
「あっそう、まあ、でもちょいちょい様子を見にいってね」
「はい」
「・・・・坂本さん、今からデータ送るんですけど、ちょっと解析してくれないですかね?」
「え?データ。なんのデータですか?」
「さっき、ちょっと気になって録音したんですけど。猫の鳴き声なんですが・・・・」
「猫の鳴き声?まあ・・はい・・いいですけど」
俺は石丸さんから音声データを受け取りパソコンに取り込んだ。
北野さんと南田さんも一緒に再生した音声を聴くと
「あ〜確かにこれだけいっぱい鳴かれると騒音って言われてもしょうがないかもねぇ」
「波形・・いじれますか?」
「え?あっはい、いじれますよ」
「なるべく他の音を除去して、猫の鳴き声だけをはっきりとさせたいんですが・・・」
「はい」
俺は、石丸さんのいう通りに波形を調整して音声データを加工した。
「・・・・・やっぱり・・・・・」
石丸さんは何かを確信したかのように頷きながらつぶやいた。
「え?何がですか?」
「これ・・・モールス信号に変更できますか?」
「モールス信号?あっ・・・はい・・・」
俺は、モールス信号に変換して、それをさらに解読するプログラムを実行した。
『タ・・ス・・・ケテ・・・タスケテ・・・タスケテ・・・』
「え?猫からのメッセージですか?どういうことですか?猫を虐待?」
「待ってください・・もう少し・・・」
『タスケテ・・・サダハル・・・サダハルヲ・・・タスケテ・・・』
「サダハル?藤本さんのことか?」
「もう少し藤本さんのこと調べてみませんか・・あと・・猫の鳴き声をリアルタイムにモールスに変換して、翻訳するシステムとか・・できないですかね・・・」
「あー、サイバーのなんだっけ?峯田くん。峯田くんにお願いしてみたら、あの子そういうのも得意だから」
南田さんにそう言われ、サイバーの峯田さんに相談に行った。
「なるほどね〜、面白いね〜、猫も利口だなぁ笑。そんなに難しくないから・・・3時間くらいでできるよ。できたら『@』のアプリのところにアップしておくよ」
「あっ・・そんなにさっくりできるんですか?」
「うん・・・まあ、これくらいなら」
「すごいっすね・・」
「いやぁ・・・でもいいなぁ『まるア』おれも行きたかったなぁ・・井澤さんもくるんでしょ?」
「え?井澤さんをご存じなんですか?」
「うん、おれの大学の先輩。あの人すげー優秀だったんだけど、地方の市役所に行っちゃってさ、まあ、井澤さんがいるなら俺はいらないかぁ・・・」
なんだ?・・・黒田さんと井澤さんのいた市役所ってどんな場所なんだ?
そんな優秀な人材を抱え込む市役所って・・・一体何をやっていたんだ?
峯田さんとの話を終えたデスクに戻ると石丸さんが藤本さんについての報告をしてくれた。
「坂本さん、藤本さんなんですが」
「はい」
「もちろん犯罪歴はないんですが、3年前に奥さんを病気で亡くしてますね。その前に・・さらに5年前に一人娘さんを亡くしてます」
「なんか事件ですか?」
「いえ、交通事故なんですが、調書にちょっと気になることが書いてあって。」
「気になること?」
「はい。事故は単独で電信柱にぶつかって娘さんは死亡しているんですが、同乗者、婚約者というか彼氏の証言なんですが『いきなり道路に猫が飛び出して来てそれを避けようとして・・・』と」
「猫・・・・・関係あるのかな・・・・」
「わかりません、もう一回会いに行きませんか?」
「うん」
俺たちは次の日も藤本さんの家に行くことにした。
そして3時間後しっかりと峯田さんは猫語の翻訳アプリをアップしてくれていた。
そのアプリは猫の鳴き声をリアルタイムにモールス信号から翻訳してスマートウォッチに転送してくれる物だった。
次の日
ピンポーン
また15秒くらいして藤本さんは返事をしてくれた。
「なんだよ・・また警察か・・・そんなすぐに防音はできねえよ」
「そうですよね、いや、ちょっと8年前の事故についてお伺いしたいことがありまして」
「・・・・・・・・・」
暫くすると藤本さんは玄関を開けてくれた。
藤本さんと一緒に数匹の猫が階段から降りてきてにゃーにゃー鳴き出した。
「なんだよ・・・お前たちが来たからまた猫たちが鳴いてるじゃねえかよ」
「ああ・すみません・・・いや・・・その猫のことなんですが・・・」
にゃーにゃーにゃーーにゃーーーーにゃ
猫の鳴き声に反応してスマートウォッチにメッセージが送られてきた。
『サダハル・・・ビョウキ・・・サダハル・・・ビョウキ・・・』
「は?なんだよ、俺が何匹猫を飼おうと関係ないだろ?昨日も言っただろ?」
にゃーにゃーにゃーーーーーにゃーーーー
「あの・・・娘さんの事故は大変痛ましいと思っています・・・でもそれがきっかけ・・・原因で猫を沢山飼ってらっしゃるんじゃないか?って・・・」
「・・・・・・・・うるせえな・・・・・」
『サダハル・・・ヨル・・クルシイ・・・ヨル・・・クルシイ・・・』
・・・・・俺は藤本さんの体をスキャンした・・・・
心臓・・・心臓がうまく動いてない・・・・
「あ・・・石丸さん・・・救急車・・・」
「え?はい・・・」
俺は小声で石丸さんに救急車を呼ぶようにお願いした。
「猫を助けた娘さんの気持ちを・・・大切にしたいのはわかるんですが・・・・」
「・・・・・・・」
「藤本さんが無理をしちゃ・・・」
「うるせえなぁ・・・・・お前らに何がわかるっていうんだよ!!」
藤本さんはムキになって大声で叫びそうになった瞬間・・・
「うっ・・・・・・」
胸を、心臓を押さえて倒れ込んでしまった。
「藤本さん!!!」
「救急車はあと3分で来ます!バイタルは・・・不安定ですが・・・・」
「藤本さん!!しっかり!!!」
藤本さんは救急車で搬送され、なんとか一命をとりとめた。
翌日伺うのもどうかと思ったので、2日後に石丸さんと二人でお見舞いに行った。
「こんにちは・・・・・・」
「・・・ああ・・・警察のお兄さんか・・・」
「体調はどうですか?」
「おかげさまで・・・その・・・ありがとうございました」
「いえいえ・・無事で何よりです」
「・・・・・・・お兄さんの言う通りだよ」
「え?」
「真子・・・そう、娘が猫を庇って死んでしまってね・・・はじめは猫のことなんかみたくなかったよ・・・でも・・・そうなんだよな・・・真子は・・猫の命も大切にする優しい子に育ってくれたんだなぁ・・って思ったらね・・・捨て猫をみてられなくなってさ・・・」
「・・・・はい」
「家内がいるときはね、3匹くらいだったんだよ。でも、あいつも死んでからからかなぁ・・・寂しかったんだろうな・・・どんどん増えちゃってさ笑」
「はい」
「体調がよくないのも気づいてたんだけどさ・・・でもよ・・・俺が入院でもしたりしたら、あいつらの面倒を誰がみるんだ?って思ったら、病院にも行けなくてさ・・・・」
「・・・あの・・・信じられないかもしれないですけど・・・・」
「うん?」
「猫たちが教えてくれたんです、藤本さんの体調がよくないことを」
「え?猫たちが?」
「ええ・・・あの・・・説明が長くなるからざっくり話しちゃいますけど・・・、僕ら猫の鳴き声を翻訳したんですよ、人間の言葉に」
「ええ?」
「まあ・・・信じらないかもしれないですけど・・・・今はそれくらいの技術があるって思ってください。それで猫たちが言ってたんです『助けて』って」
「あの子たちが?」
「はい・・・藤本さん・・夜、寝てから苦しくなっていませんでしたか?」
「ええ・・ああ・・確かに夜に心臓が痛くなったことは多かったですけど・・・」
「猫たちが夜鳴いていたのって・・・苦しんでいる藤本さんのことを知らせるためだったんです」
「え?あの子たちが?・・・・・・」
「はい・・・」
・・・・・・・
藤本さんは信じられないような表情をしていたが、次第に涙ぐんできた・・・
「あの子たち・・・早く帰らなきゃ・・・」
「大丈夫ですよ・・昨日僕らで藤本さんのお宅にお邪魔させてもらいました、ご飯もあげてきましたよ」
「ああ・・・すみません・・・」
「猫たちは『サダハルダイジョウブ?ゲンキ?』って聞いてきましたよ笑。サダハルって呼ばれてるみたいですよ笑。ちゃんと元気だよって伝えておきましたよ。『ヨカッタ』って喜んでましたよ」
「本当ですか・・・」
「ええ・・・でも藤本さん・・・やっぱり一人で20匹も面倒を見るのは大変ですよ・・・動物保護のNPOもありますし・・・ほら・・お金は持っているっていうんなら・・・そういった組織に寄付や援助をして、あの子たちを助けるって方法もあると思いますよ。
猫たち・・あの子たちも藤本さんが大変な姿を見るのは望んでないですよ」
「・・・・そうですね・・・うん・・そうだな・・・」
藤本さんは退院後、動物保護団体のNPOと協力して捨て猫の保護の活動の支援をすることにしたらしい。20匹いた猫たちは、ほとんど施設に預け、今は3匹だけ家で飼っているらしい。3匹でも十分多い気はするが、まあ・・20匹よりはマシか・・・
「『猫の恩返し』ですかね・・・・」
石丸さんがボソッとつぶやいた。
「ですね、でもよくモールス信号わかりましたね」
「ええ、訓練で学びましたからね・・・」
「なんか・・・『まるア』って大変そうですけど・・・・」
「そうですね・・・やりがいはありそうですね」
俺と石丸さんは、牛丼屋で小さな打ち上げをした。
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