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44 約束
雷雲が去った空は晴れ上がり、潜んでいたセミがふたたび盛大に鳴き始めていた。長い夏の一日はまだ終わる気配はなく、鮮やかな木々の濃い緑と町並みが眼下に広がっている。
佐良は廊下に腰をおろし、柱にもたれて海を眺めていた。ここにいた間何度もふたりで眺めた。
窓は締め切り、エアコンで部屋はちょうど良い温度に保たれている。外の暑さとはガラス一枚で隔てられ、妙に静かな気がした。
居間と続きの、碧がかつて寝室として使っていた部屋には布団が敷かれ、きっちりシーツがかけられていた。佐良がシャワーを浴びているうちに用意したらしい。怖いとすら言っていたのに、どんな表情をして準備したのだろう。想像した碧がかわいすぎて佐良は思わず笑ってしまった。
目は海を見ているが耳は背後を意識している。佐良は碧を待っていた。ここへ通った時も、一緒に住むまでも、日々の生活でも、それにこの三ヶ月も。待つ時間に慣れはしないが、終わりはくる。期待通りになる保証がないとしても。
廊下を進む足音が近づいてきた。素足が畳を踏み、隣に座って肩をぴたりとつけた。
「おかえり」
「……ただいま」
青々と広がる海は太陽を反射し光る。欲しかったものが目の前に来たのに、いざとなると指すら動かなかった。心臓が音を立てて打ち続ける。
碧が首を傾けそっと佐良の肩に乗せた。
「……もう、待たなくていい?」
「いいよ」
碧に身体を向けた。
キスをする瞬間、碧の髪から甘い香りがした。唇を合わせ、ゆっくりと深く息を吐きながら碧の目を見つめる。碧の長いまつげが瞬き伏せられ、ほのかに吐息が漏れる。その唇を掬いとってついばんだ。
濡れた音が耳に近い。碧の指が佐良のシャツの上から背中を伝いなぞり上げられ、背筋がざわめく。芯の熱がじわりと上がった。碧の頭を抱え込むようにし、深く舌を差し込んだ。
碧の手を取り入った続きの部屋は障子が閉め切られ仄暗い。布団の上に座って碧の腕を引き、こちらへ倒れ込む身体を抱きとめる。
「碧、あのオイル、持ってきたの」
「うん。佐良に抱きしめられてる気がして、よく眠れる」
「まだ寝かせないよ」
「当たり前だろ」
減らず口が返ってくるのが嬉しくなり、佐良は笑いながら碧の唇を塞いだ。長めのキスのあと、短く繰り返す。濡れて緩んでくる唇を開かせ、舌を差し込んだ。
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