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「佐良……」
「いや? 好き、じゃないの」
「……」
意固地になって口をつぐむ。それならばと耳に歯を当て、襞の内側をぐるりとかきまわした。
「あ……っ」
きゅうと中が指を締め付けた。
「いじわる……」
「知らなかった?」
は……と息を継ぎ、碧がひやりとするタイミングで佐良を見た。他愛ないやりとりで踏んではいけないところを踏んだかと、背筋に焦りがじわりと昇る。
「……知ってるよ。佐良はエロくて、いじわる」
碧は切迫した表情の下から笑みを浮かせた。
「他にも。残業少なめであがって、無理して俺との時間を作ってくれる。弁当作ってくれるのは、男が寄ってくるのが心配だから。料理はうまいのに洗濯物畳むのが苦手。ゴミ捨て当番をしょっちゅう忘れるけど、お詫びに煎れてくれるお茶がおいしい。それにこんなところまで追いかけてくる」
ほっとしたところへ、ひと言どころかいくつも追加された。弁当のくだりは否定しようと思ったが、心当たりがないわけではない。
「毎日一緒にいるだろ。四ヶ月積み上げてきた。俺が知ってる佐良だって、ちゃんといる」
「そうだね」
「……取り戻せなくても、俺がこれから佐良に空いたところを埋めるから」
碧の目が真っ直ぐに佐良を向く。
佐良は碧の首の後ろを抱き寄せ、唇を深く重ねた。
「今いる碧が、俺にとっての完璧な碧だよ」
奥まで舌をからませ、口蓋へ這わせる。碧の指が胸を掻いて、ふるっと肩を震わせた。
「ん……っ」
ふたたび指を揺らし奥を押し広げる。拓いて溶けて、頑なだった場所が佐良の形に変わろうとしていく。自分の身体の中で細かな炭酸が無数にはじけて満たされていた。温かくて目映い。喜びや幸せが内側から湧いて碧を通りまた佐良へ戻って循環する。無限に交換し、枯れることなどないと思えた。
「一度、いく?」
滴がとめどなく溢れるのに反して碧は首を横に振った。
「佐良と、いきたい」
愛撫の手を離すと、碧は佐良の胸に額をつけて呼吸を繰り返した。ちょっとつらいんじゃないかなと顔を覗き込んだところに、碧が息の収まらないまま唇を押しつけた。唇を離し、目を合わせ、また唇で繋がる。
離れていた半日、ふたりで町をまわった数時間を経て、ふたりを隔てていた緊張の膜はきれいに消えていた。流れる汗が接着剤になり、背中から肩にかけて碧の腕が絡み、同化しようかというほど押しつけられる身体を抱きとめた。
最初の事故のあと、ひとりここへ来ていた碧を思う。あのときだけではなくそれ以前にも碧は、この土地の海や空気、この場所に癒されてきた。この土地に来てひと晩眠って目覚め、水が入れ替わったような身体の芯が緩む感覚。それはかつての佐良にもあった。
いつの間にか日は傾き、碧の顔が見えなくなっていた。佐良は枕元の明かりに手を伸ばす。ふわっと暖色の明かりが広がった。碧が長い睫毛をしばたかせ、ふっと横に視線を流す。恥じらい佐良を待つ仕草がなまめかしく、息が止まった。
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