幽霊の住む天文台

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あれは10年前のゴールデンウィークのことだ。 「あれって12歳の時だよね、自転車買ってもらったの」 「や、ちがうぞ。4年生だから10歳とか?中学上がるよりもだいぶ前だったはず」 「そっか、昔すぎて忘れた」 訂正。あれは12年前のゴールデンウィークのことだ。恭太と春奈と俺は、揃って自転車を買ってもらった。じいちゃんの孫は、ある程度の年齢の進級祝いに自転車を買ってもらうのが恒例だった。俺らは学年が一緒で、七人いる母方のいとこの中でも特に仲が良かった。その頃からの流れで今でもこうしてたまに会う。10歳の俺らは自転車が嬉しくて、じいちゃんちの裏の駐車場で乗り回した。 そのうち、恭太が遠出をしようと言い出した。登山が趣味のじいちゃんがアドバイスをくれて、近くの山に登りに行くことになった。 「頂上までよく上ったよね〜。今じゃ無理」 春奈は最近運動不足だと言った。あの頃は三人の中で一番体力があった。 頂上といっても、登ったのはいくつも山があるうちの、一番手前の低い山だった。奥にはより高い山々がそびえている。 「帰りに真っ暗になって困ったな。ヨシタカが便所行って遅れたからだぞ」 「その節はどうもすんません。便所といえばあの天文台さ、まだあるかな?」 「天文台?そんなんあったっけ?」 誰も覚えていないというが、確かに二人と立ち寄ったのだ。 「あったじゃんよ、ボロい天文台」 「覚えてないなあ」 違和感を覚えたが、昔のことだから記憶があやふやなのだろうと、それ以上話題にしなかった。 数日は忘れていたが、暇になるとやはり天文台が気になってきた。天気も良かったので、例の山を登ってみることにした。地図で調べると、山は20キロも先だ。20キロ自転車をこいだ後に登山である。子供の体力というのは案外侮れない。 天文台を見つけるのは目的の半分。もう半分は買ったばかりの愛車と出かける口実だった。 俺のパジェロミニは中古車だ。前のオーナーは丁寧に乗っていたから、走行距離の割に状態はいいと言われた。予算的に新車が買えなかったというのもあるが、免許取りたての俺にとっては、公道のベテランというのがなんとなく心強かった。 山へ行く途中、年季の入ったコンビニでお昼を買った。ここが最後のコンビニだから、自転車の冒険をしたあの日も寄ったかも知れない。 コンビニからほどなくして例の山の麓に着いた。新鮮な空気に深呼吸してみる。夏の前だからまだ暑すぎはせず、登山にはちょうどいい気温だ。日当たりはいいので熱がこもらないように、フロントガラスに遮熱カバーをかけた。自然の中に置いたベテランパジェロはそれはそれは映えた。ピカピカの初心者マークだけが浮いていた。
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