幽霊の住む天文台

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山の入り口の案内板は古ぼけているが、一応まだ見ることはできた。日帰り登山できます、とお気楽に書いてある横に、イノシシ注意の張り紙がある。 登ってみれば思い出す場所も、記憶にない場所もあった。展望台から自分の街が見えたが、これは記憶にない方の風景だ。 恭太は賢くて3人のリーダーだった。春菜は快活で面白い子だった。俺はおっとりしていて、どちらかと言えば恭太や春菜に引っ張ってもらう側だった。今でもその関係はあまり変わっていない。 あのとき、少し先を行く二人に着いて行くので必死だった。先に行ってしまう春菜と遅れる俺が離れすぎないように、恭太は両方に声をかけてくれた。追いつくと大きな虫を俺の肩に乗せやがった。 昼を回った頃、天文台を見つけた。 半時間登ったくらいの場所だった。当時、子供の足ならもっとかかっただろう。アーチの橋の先に天文台が見えた。梛橋と名が彫られたその橋は、石造りで丈夫そうだ。橋の両側のほか、真ん中にも支柱がある。渡ってみると下は川ではなく、ジメジメと苔むした地面だった。 天文台は結構大きく、レンガ作りで廃墟めいていた。壁は蔦が侵食し始めていて、西洋の兜みたいな屋根が乗っている。 一応、地図を衛星写真モードにしてこの辺りを拡大してみる。もう電波が立っていなかった。直前に辛うじて拾っていた粗い衛星写真に建物らしきものはなく、説明も特にない。こんな田舎は鮮明に撮影しないから仕方がないだろう。 天文台を見て思い出したことがある。天文台には人が住んでいた。親子と思われる二人と、大きな犬だった。白衣を着たおじさんと、着物を着た子供はアンバランスに見えた。犬は異常に大きかったが大人しかった。俺は彼らと交流した。 既視感に誘われて建物の周りを散策した。建物の反対側に出入り口があった。建物はすでに無人だと思っていたが、開いた玄関に子供がしゃがみ込んでいた。その子には見覚えがあった。 あれから十年経ったのに、あの時の子供は子供の姿のままだった。記憶が定かではないが、着物には見覚えがある気がする。 「君は、あれ、どうして?俺、昔ここに来たんだよ。ヨシタカ。覚えてる?いや流石に勘違いか?親御さんいる?」 いくら驚いていても子供相手に不味すぎる声かけだ。子供は天文台の扉の中に消えてしまった。 なぜあの子がいるのか。やはり見間違いか。立ち去ったほうがいいのか。いろんなことを考えているうちに同じ扉から別の人が出てきた。 「こんにちは、何のご用事?」 白衣を着たおじさんだ。ということはあの時のおじさんなのだろうが、おじさんの顔なんて覚えていない。子供と同じく年をとっていないのかもわからなかった。大人は十年くらいでは見た目もあまり変わらないだろう。 俺はひどく混乱して、口ごもってしまった。あの子に親御さんいる?って聞いたんだ。親御さんが出てくるに決まってる。それなのに俺は親御さんに会って何を話すかまで考えていなかった。 「まあ、山登りで疲れたでしょう、お茶でも飲んでいけば」 見かねたおじさんが、建物に入れてくれた。疲れていたからお言葉に甘えることにした。 部屋の中でお茶を飲んだら少し落ち着いた。 「突然すみません。俺、十年くらい前にここに来たことがあって。その時遊んだ子と、さっきの子が似てたからつい、声かけちゃって。怪しい者ではないです、全然」 俺が免許証を取り出そうとすると、おじさんがいいよ、と制した。 「もしかして自転車で来たって三人組か?」 「そ、そうそれ!やっぱりあのときの人ですよね!?」 「先日はどうもね。……いや、君にとっては十年は経ったのか。同じ人がまた来てくれるとは珍しいね」 妙なことを言う。 「あの時の子はお元気ですか」 「ああ、さっき会ったろう」 おじさんの目線の先には、来客で居心地悪そうにするあの子がいた。
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