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 さて、俺はもう1人が待っている個室へと足を向ける。受付で聞いたところ彼がいるのは2階の奥の部屋だ。どうして彼が俺に会いたがっているのか理解できないでいた。なぜ俺に会いたかったのか、その後の気分はどうだなど聞きたいことはたくさんある。まずは何を聞こうかと考えているうちに扉の前に到着していた。 「入ってもいいか?」  勝手に入るのはよくないなと思い扉をノックした。 「ヒガタさん! 来てくれたのですね」  昨日の掠れた声とは違うはきはきとした声が聞こえた。昨日の衰弱している姿とは違いとても元気そうで、想像していたよりも元気そうでよかったと安堵した。  どうぞ入ってくださいと何だか嬉しそうに言われたためそんなに嬉しいことなのかと疑問に思いながら部屋に入った。部屋の入り口付近にはシャワー室とトイレだと思われるドアがある。奥にはベッドとテレビがあり声の主はベッドの上で起き上がっていた。少し痛みぼさぼさになっていた黒い髪は鬱陶しいのか1つに纏め肩に垂らしていた。 「昨日ぶりだが調子はどうだ?」 「もうすっかり良くなりましたよ。それなのにまだ安静にしておけと言われてしまって」  日数も他の人より長いみたいで、今は散歩でさえ禁止で退屈なのですよ、と彼は笑う。 「昨日も言っていたのだが人によっては保護施設に収容される期間に違いがある。あのときの君はかなり衰弱していたから経過観察が必要なのだろう」  だから大人しく寝ておけと言うと彼はせっかく来てくださったのにと少し不貞腐れた顔をした。 「そういえば名前、聞いていなかったな」  あのとき自己紹介などできる状況ではなかったため、助けた青年の名前を俺はまだ知らなかった。 「僕の名前はクルハです。ヒガタさん、助けてくださりありがとうございます。その……お礼を言いたくて、ここの施設の人に無理を言ってお願いしました」  そう言ってクルハは笑った。その後、俺は聞きたいことがたくさんあると言うクルハの質問に答えていた。この土地の名所や美味しい飯屋がある場所や最近人気のある書籍になど、クルハはいろいろなことを知りたがっているようだった。一つずつ回答していくうちに特にクルハはこの土地の料理に興味があることに気が付いた。外出の許可さえ出たら食事にでも連れて行ってあげようと約束した。   「クルハさん、診察の時間です」  会話が盛り上がってきたところで水を差すように男の声が聞こえる。声の主はこの保護施設で働く医師だ。軍時代からの顔見知りでこちらの存在に気づくと少し驚いたような顔をした。 「ヒガタさんがここに来られるなんて何時ぶりでしょう」  確かに俺がここへ来るのは久しぶりだ。普段はこの施設に行くような任務もなく知り合いもいない。 「ヒガタさんこの人知り合いですか?」  クルハは突然現れた人物に警戒しているようだ。先ほどまではくだらない話で笑っていたのだが今は医師が信用に値するのか医師を観察している。 「彼はこの保護施設に常駐している医師だ」  俺とも数年来の知り合いだ、と説明すると露骨に警戒することはなくなったがそれでもこの医師が本物か疑わしいと思っているのだろう。1歩また1歩とこちらへ近づいて来るたびに俺がいる方のベッドの隅へ体を寄せていた。  できれば一緒にいた方がいいと思ったのだが、俺がいると診察の邪魔になりかねない。それに俺に聞かせたくない話もあるだろう。  俺に縋ろうとしてくるクルハには申し訳ないがこの部屋から退出することを決めた。 「邪魔になるだろうから帰ることにする。また時間があれば来る」  悲しそうな顔をするがこれも彼のためだ。今度来た時にはお土産を持ってくると言い個室を出た。  物音一つしない長い廊下を進んでいく。2階の受付付近に戻ったところでジャケットの存在を忘れていたことに気が付いた。回収しなければまたラクトから嫌味を言われるだろう。彼の診察が終わったあとにもう一度訪れないといけなくなった。  
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