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「ヒガタさん話したいことがあります」  そう連絡があったのは夕方ごろだ。彼と約束通り食事に行ってから1ヶ月は経った頃だ。彼はあれから近所のパン屋で働いていると聞いた。仕事を覚えることで精一杯ですと先月あった時には苦笑していた。うまくやっていると思っていたが何か困っていることでもあるのだろうか? 予定は何もなかったため近所の店で飲みながら聞くということになった。 「今日は早めに帰るのか」  ドアノブに手をかけようとしたとき、いつもは残業をしているはずだが珍しいな、と所長が話しかけてきた。所長は書類に目を向けこちらを見てはいなかったが、足音で帰宅することに気づいたのだろう。 「人と会う用事ができてしまったので今日はこの辺で切り上げようと思います」 「それはそれは」  あの人付き合いが苦手であったヒガタが変わったな。と書類から目を上げ、彼女は笑っていた。 「私も成長したのですよ、人付き合いも大切だとここ数年で実感しましたから」 「そうか。あいつもお前が成長したことを喜んでいるだろうよ」  所長はまた書類に目を戻していた。壁にかけてあるカレンダーを見る。今年もあいつの命日が近づいて来たなと実感させられる。  
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