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待ち合わせに選んだ店は俺がクルハと初めて食事に行った店だ。個室になっているため、人が多く大声にまだ慣れていないクルハにとっては会話のしやすい場所だろう。
「それで話があるとはどうした?」
運ばれてきた料理は美味いものであったがクルハの顔色は晴れない。職場でいじめにでも遭っているのだろうか。もしそうならば俺が手助けしようかと余計なことを考えてしまう。
「僕は保護施設を出てからアパートに住んでいたのはヒガタさんも知っていますよね」
知っている。彼の住んでいるアパートは一度見に行ったことがあった。俺は頷き話の続きを促す。
「昼休憩中に忘れ物に気づいて一度家に帰ってきたら空き巣に入られていていました。ドアのカギは壊され部屋が荒らされてとてもではないけれど今住める状態ではないのです」
貴重品なんてないのにとぼやきながら野菜炒めを食べている。支援もあるとはいえ彼のアルバイト代で払える家賃のアパートは多くはない。このアパートの家賃は安かったがその分セキュリティや防音がザルであると聞いていた。
ヒガタさんには伝えておこうと思って今日連絡をしました、と彼は話す。
「一応保護施設には連絡はしたのか?今日泊まる場所はあるのか?」
「連絡はしてみたのですけど難しいようですぐに対応してくれそうにはなかったです。今日はどこか安いホテルでも探して泊まろうと考えています」
そういえば今日はいつもの小さな肩掛けバッグではなくリュックサックで来ていた。いつもとは違うことに気づくことができなかった。
「なら俺の家に来るか?安いホテルよりかは安全だと思うのだが」
俺の住んでいるマンションの家賃は高いがその分セキュリティと整備はしっかりとされていた。一人暮らしだがルームシェアもできる間取りの部屋を借りているため人が1人増える位は特に問題はなかった。
「そんなヒガタさんに迷惑をかけるつもりは…… 」
突然の申し出にクルハは戸惑い、食べようとしていた肉団子を皿の上に落してしまった。そんなに驚かれてしまうと少し傷つく。
「すまない、嫌なら別にいいが」
「嫌とかではないです。ただここまでしてもらえることは嬉しいのですが、気が引けてしまって」
「そうなのか別に数日なら問題はないのだが」
何か彼が気に病まない方法はないかと考えたとき1ついい考えを思いついた。
「俺が泊める代わりにクルハは俺の家の家事を手伝う。それならどうだ?」
我ながらいい考えが思いついたのだがどうだろうか、正面にいるクルハを見た。
「ええと、本当にそれだけでいいのですか?」
未だに待遇については戸惑ってはいるが泊まることについては反論してこない。
「ああ、家事が少しでも楽になるのなら俺は助かる
俺は家事が苦手だからな、と笑う。助かるという言葉が効いたのか最後にはわかりましたとクルハは頷いてくれた。
一通り話し終え食事を再開する。クルハが頼んだものは先程まで食べていた野菜炒めと1番安い肉団子だけであった。彼の痩せた身体を見てもう少し食べろという意味でいくつか頼んでいたおかず小皿に入れて渡した。
今日は奢りだとお金を支払おうとする彼に言うとそこまではしないでくださいとなぜか怒られてしまった。結局クルハは自分が頼んだ分の料金はしっかりと払った。
たくさん食べられるように今度行くときには奢ってやろうと考えていると、今度一緒に食事するときも自分の分は払いますからと釘を刺されてしまった。
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