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ザッ、ザーと繋がらないテレビの砂嵐のような音を発しながらも、聞き覚えのある声が受信された。それは見張りのために待機していた後輩隊員の声で、何かに対して声を荒げていた。そして二回ほど激しくぶつかる音がして雑音が大きくなる。確保、と後輩の声が聞こえたことで向こうはひと段落ついたのだと安堵した。  通信機から聞こえる物音や声が騒がしくなり後輩隊員の声も聞き取りづらくなっていく。辛うじて誰かと話していることがわかるくらいである。 「聞こえているか。俺だ、ヒガタだ。そちらの状況はどうなっている?」  試しにその通信機に向かって話しかけてみる。 「あ、え? この声はヒガタ先輩っすか?  そうだ、聞いてくださいっす!」  向こうも通信機の存在に気づいたのだろう雑音が混じった元気のいい声が流れてくる。声の正体は予想していた通り後輩であるミルトであった。 「ミルト、声が大きいと何回も言えばわかる」  やはりミルトだったかと俺が言うよりも早くラクトが割って入り低い声でミルトを叱った。  ミルトという俺の後輩でラクトと同じころに入社した青年はいつも元気で場を明るくしてくれる。その上常人よりも強い力と運動能力を持つ能力者であるため、このような制圧する必要のある任務には大体彼が抜擢されている。  親しみやすい男なのだが、その口調と大声は場合によっては人を不快な気分にさせてしまうことがある。そう何回か軽く注意をしたことがあったが、治る気配はない。 「ラクトそれくらいにしておけ。それよりも今はそちらと情報共有がしたい」  ラクトが彼の言葉遣いについて注意するのはその通りなのだが、今はそれどころではない気がして止めに入った。  それで、そちらは何かあったのか? と機械の向こう側にいるやたら元気のいい後輩に尋ねる。 「えっとですね、最初は驚いて立ち尽くしていた主催者なんですけど、途中で我に返ってちょうどステージの上にいた兵士の人を無理やり連れて逃げようとしていたっす」 「それでどうしたんだ」 「発砲許可もないですし、下手すると兵士の人に当たるかもしれなくて」  だから俺、思いっきり突進したんですよ。とミルトは言う。まあ、こいつならやりかねないとは思っていたため予想の範囲内だった。 「そこまではお前ならやりかねないと思っていたが。それで何を聞いてほしいんだ?」  通信機の向こう側でまた、話しかけているような声が聞こえてきた。 「その連れて行かれそうになっていた兵士の人なんですけどね。俺が倒すところを見て何だか感激しちゃったみたいで」  しばらく間があった後、後輩の緊張した声が機械から流れる。ミルトの運動能力は確かにずば抜けて高く、体育会系の人間が感心するのもわからなくもない。けれどもそれのどこが深刻なのだろうとヒガタは首を傾げた。 「その人、どうすればその技を取得できるとか、手合わせしてくれって、俺から離れなくて保護施設行きを拒んでいるっす」  どうすればいいっすかー。と先ほどの深刻そうな声からは打って変わって情けない声を出しながら飛行機のような大音量で喚く。 「呆れた、別にどうでもいいことですね。ああ、そうだ他の人にこの場所のこと知らせに行きますね」  ミルトの話がつまらなく感じたのかラクトはヒガタを置いて上の階へと戻ってしまった。 「通信機に向かって大声で話すな。あとそれは俺にはどうにもできない」  えー、そんなぁ。と気の抜けた声が部屋に響く。 「何をそんなに嘆いているのですか?」  ミルトとは違う男の声が通信機から聞こえた。ミルトは驚かせないでくださいっすよと話していることからどうやらミルトは知っている人物のようだ。 「何者だ?」  声の調子から敵意はないようだが、誰なのかはっきりさせておきたかった。 「私はレヴィンと申します。あなたは彼の仲間だろうか?」 「そうだ。君は、ステージの上にいた青年か?」  「ええそうです。助けくださったこと感謝しております。こちらにいる彼はとても素晴らしい。複数人を相手にしても負けない圧倒的な戦闘能力とても素晴らしいものを見させてもらった」  興奮したような声でレヴィンはミルトの活躍について話していた。遠くのほうで恥ずかしいからやめてくださいっすと喚くミルトの声が聞こえるが、無視することにした。 「そうだろう、彼の強さは仲間内でも1、2を争う。しかも彼は能力者だ。そこら辺の奴らには負けることはない」 「この目で見ていたのでわかります。彼の強さは別格だ。だから私も彼と戦ってみたい。けれど、断られてしまった」  レヴィンは残念そうな声で話す。彼もミルトと同じく好戦的な人物なのだろうか。 「ええと、レヴィンさん、今のあなたの立場は少し難しく、はいはいと二つ返事で決めることができないのですよ」  ですから諸々の手続きもありますし保護施設へ移動してくれませんか、と説得を試みる。ううむ、と苦悩する声が聞こえたが、渋々納得したのかわかったという小さい返事が聞こえた。 「それでは横にいる彼の指示に従って保護施設への移動をお願いしますね」  そう言って通信を切った。あたりには静寂が広がりこの場にいるのは俺と未だ目覚めない青年だけで少し寂しく感じる。救護班がまだ来ない。ここにいるだけでは気が滅入ってしまう気がしたため、移動を始めた。  彼を移動させるために背負ってみたのだがとても軽い、彼と同じ年くらいならもっと筋肉もあり運ぶにも苦労するはずだが、と心配になり彼の横顔を見る。軽いため運ぶことには苦労しなさそうだが、ろくに食事も与えられていないような環境で長い期間暮らしていたのだろう体はやせていた。  施設に入ったらまずは食事の指導から入りそうだなと今後のことを考えながら薄暗い不気味な通路を進んでいった。
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