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 すでに掃除も殆んど終わり、昼食の準備にかかった夫人たちを尻目に、暇になった直はそっと、自室に引っ込んだ若者を訪ねた。  襖を開け放ったその畳部屋に座り、窓の外をぼんやりと眺めているセイに、男はそっと声をかけた。 「若、何か、気になる事でもあるんですか?」  その声に、振り返ることなく無感情に答える。 「気になるけど、流れに任せるしか、無いみたいだ。やっぱり、練習しておくんだったな……」  ぼんやりと、反省しているのだが、何を後悔しているのか、いまいち分からない。 「流れに任せても、何かに障らない事なんですか?」  襖の縁の前に正座し、直が尋ねる。  十代に満たない頃から古谷を行き来していた為、自然に適度な礼儀は身についた。  この人とも、その頃からの付き合いだから、こんな時の心境も何となく理解していた。  眠っているのか起きているのか分からない、ぼんやりとした状態の時、セイは大いに反省している。  そして、そんな時の若者は、反省しながらも打開策を思考している。 「障る。だから困ってる。世間的な面はもう間に合わない。動けないんじゃあ、どうしようもない」  大きな溜息と共に、やっぱり今からでも……と、真剣に目論んでいる。  何を考えているのかは分からないが、深刻な事態の様だ。  この数日の話を、古谷氏にも聞いた。  保育園のあの最悪な事件も動き、関係者は近い内に逮捕に踏み切られるだろうと言う。  この地を離れていた直は、送迎バスの件も部外者として話を聞いた。  昔の自分が想像もしない熱愛によって、結婚するに至った事に後悔はないが、疎外感は面白くなかった。  今も忙しい合間をぬって、この地に根を下ろした家の人たちが、活動しているのを、内心やきもきして見守っている。  大きな事件には、係れない。  鬼塚家は比較的自由な家柄だが、限度がある。  だが、目の前で何か目論む若者を、黙認するのは後が怖い。 「……若」  改まって声をかける直を、セイはようやく振り返った。 「何か、用か?」  ぼんやりと上の空だった目が、いつもの無感情なものに戻っていた。  その目に笑いかけながら、男は切り出した。 「あなたの周囲の家は忙しくて、あなたの個人的な憂いを晴らす暇はない」 「そんな必要もないだろう。私の憂いとやらは、私だけの悩みだからね」 「その憂いは、世間にも障るんでしょう?」  男を見つめた若者が、ああ、と呟いて頷いた。 「あんただったのか、相槌打ってたの」 「……」  その言葉につい、笑ってしまった直を見とがめ、セイは眉を寄せた。 「何だ?」 「いえ、気を遣わなくてもいいですよ」  本当は、いたのか? と言いたかったのだろうと、男は笑った。  直がこの地に来たての頃、同じような場面があった。  その時は、つい声をかけた少年に、若者は本音を漏らしてしまい、思いっ切り体当たりされた。  実の親たちに、言葉にすることを全否定され続けていた直は、今思うと本当に荒れていた。  何せ、この若者に、未だに気遣いを思い出させるほどだ。  今では直も、あの時のセイが、周囲に誰がいるのか分からない程、素に戻って油断していたのだと、知っていた。 「……あんた、古谷の誰かに、体当たりを教えてないよな?」  少し前に、誰かにそうされた記憶があるのだがと、目を細める若者に直は首を傾げた。 「教えなくても、やろうと思えば誰でもできるでしょう。それより、若」 「ん?」 「噂、うちの方にまで届いていますよ」  改まった指摘に、どの噂か判断がつかずに、セイは目を瞬く。
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