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 真顔で、男は主張した。 「志門(しもん)への、あの程度の教えが、弟子入りしたって事になるなら、オレもそうですよね?」 「弟子?」  黒々とした目が、今度は丸くなった。  やっぱり、と直は思う。  周囲が、そう思ってしまっているだけだ。  なまじ、似た年格好の他の二人が、同じ時期に同じ位の年齢の少年少女の面倒を見始めていた為、セイまで一緒くたにされただけだ。  訂正したところで、出回った話は消せないだろう。  志門は公式な弟子と思われていると、直に聞いたセイは小さく唸った。 「あんなのでいいのか? 弟子取りって?」  それでいいのなら、昔に遡ると、何人もの弟子がいる事になると言う若者に、直はそうだろうと何度も頷く。  志門も、昨夜つい意地悪で指摘した時、目を剝いていた。  そんな恐れ多いと慄く少年を、言い過ぎたかと宥めたほどだ。 「弟子は大げさでしょうが、オレや志門を含めて、そう言う子供が何人もいることは、忘れないでくださいよ」  志門には、便宜上そう考えとけと言っておいたが、セイが面倒を見た連中を、どう呼ぶべきなのかは、考える余地がある。  だが今は、その名をつけて貰おうなどと言う、恥ずかしい思いでこの話題に触れた訳ではない。  言いたいことは、ここからだ。 「あなたの憂いを晴らす、お手伝いがしたいと考えるのは、何もこの地の人たちだけじゃない」  真顔で切り出した直は、まじまじと見つめる若者の目に耐えながら、続けた。 「オレで役立つなら、いくらでも使って下さい」 「そう言う機会があれば、お願いするよ」 「え、今回は、その機会でしょう?」  思わず声を張り上げる直に、セイは宥めるように言った。 「あんた、自分の奥さんが大変な時に、こっちに係る気か?」  鬼塚桃は、今妊娠四か月だ。  安定期に入った時期に、年末が来て幸いと、古谷の方に避難して来た形だ。  何せ、初孫への期待が、鬼塚家では過剰なほどなのだ。  このまま、出産までいさせて欲しいと、古谷の師匠に交渉中である。 「勿論、女房一人置いておく気はありません。だから、当分はこっちにいますから」  産休育休を取ったと言う直に唸り、セイは考えながらも頷いた。 「それならお願いするけど、奥さんの体の事も考えて、大事にしてやれよ」 「勿論ですよ。何やりますか? さっきの篠原家の件、調べましょうか?」  勢いよく言う男に首を振り、若者は切り出した。 「篠原家のあの事件で、動きやすくなった奴が、一人いる。どう動きだすか分からない奴だ。そいつの監視をお願いしたい」 「え? その、篠原家の嫡男に会わなくても、いいんですか?」 「流石に、まだ目は覚めてないんじゃないのか? どんな銃かは知らないけど、撃ちどころ次第では、意識が戻るのも先の話だ」  その間に、見舞える時期が来るかもしれないと、セイは希望的な見方をしている。 「若らしくないな。時間に望みを託すなんて」 「意識云々の前に、その詳しい情報は、近く入るはずだ」  篠原家の嫡男の名は、和泉(いずみ)。  高校一年の少年で、市原(いちはら)(なぎ)高野(たかの)晴彦(はるひこ)の幼馴染で同級生、だ。 「……ん? って事は……志門とも、同級生ですかっ?」 「あ、そっちを気にするか。そうだな、あの子とも、顔見知りのはずだ」  セイが言いたかったのは、刑事二人の子供たちが、和泉の幼馴染だと言う事だ。 「子供に甘いわけじゃないけど、(あおい)さんも高野さんも、早めの解決を考えるはずだから、ある程度の情報は運んできてくれる」  幸い、年末年始は、頭脳派の連中も顔を揃えるから、意見を求めてくるかもしれない。 「なるほど、その件は、待ってればいいわけですね? その、動きやすくなった奴ってのは、誰ですか?」  身を乗り出す直に答えたのは、女の声だった。 「ああいう裕福な家は、人間にも私たちのような奴にも、狙われやすいんだよ」  廊下に、雅が立っていた。  つい慄いて体を反らした男を、清楚な美少女はあっさりと部屋に放り投げ、自分も座敷の中に入ると襖を閉めた。 「こういう内輪の話の時は、閉めててもいいから」 「聞かれて不味い話は、してないけど?」 「不味くはないけど、大きな声で話せる事でも、ないだろ?」  雅の行動に首を傾げたセイにはそう返し、女は直に説明した。 「篠原さんの奥さんの(いつき)さんは、旦那さんにその手の者が憑かない様、無意識に対策できる人だったんだけど、亡くなってしまったから。意気投合した妖しが、これまではそれとなく、斎さんの代わりをしていたんだけど、和泉君の事件で、血が流れただろう? そのせいで、力を大幅につけて動き出した奴がいるんだ」  斎とは面識があったと、直は頷いた。  結婚した後のごたごたで、香典だけ古谷氏に託す形になった事が、今でも悔やまれる。 「そうですか、あの人の代わりが務まるか分からないですが、最善を尽くします」 「入院して、家を離れてる和泉君は心配ないと思うけど、そいつがどの程度力をつけたか、ここじゃあ見当もつけられない」 「かと言って、今この子は動けないし、私も下手に動いたら、怪しまれる。直君が動いてくれるなら、協力者を紹介するよ」  直が提案に頷くと、女は一人の人物の名を上げた。  今現在、篠原家の執事として働く男の、妻に落ち着いている女だった。
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