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 まずは向かい合って、静かに相手を見据える事から、始める。  二人の若者曰く、顔見知りで親しい者同士の手合わせは、馴れ合いにしかならなくなる。  それでは実戦を知る二人には、意味がない。  だから、本当の殺気を込めるのだと、言っていた。  獲物は木刀だが、殴られれば致命傷になる鈍器だ。  下手に気を抜いて、要らない怪我をしない為にも、二人は真剣に集中していた。  突如として始まった打ち合いは、岩切家の道場で行われていた。  二人とも真剣の時同様の、死を間近に置きながらの打ち合いだ。  大掃除を手伝うから、道場を使わせろと鏡月(きょうげつ)(れん)がやって来たのは、朝方だった。  家中の掃除をし、昼を回る頃には終わってしまった。  道場の方も掃除を済ませた昼食後、こうして木刀を合わせているのだった。  最近、成長が目に見える程になった蓮は、そんな体格の違いを感じさせない機敏な動きで、相手の懐に入り込もうとする。  それを上手に避けながら、鏡月は隙を見つけて、ほれぼれとするような動きで切り込んでいく。  どちらも目に見えるのがやっとの動きで真似できないが、この二人の打ち合いを黙って見ているのが、静はここに引き取られた時から好きだった。  道場の片隅に正座し、見続けていた少女の前で、唐突に二人の動きが乱れた。 「っだあっ、いくら打ち込んでも、かすりもしねえっ」  突然わめき、蓮がまずその場に座り込んだ。 「当たり前だっ。お前らに打ち込まれるようになっては、オレの方が、大打撃だっ」  年上の威厳と我慢していたのか、鏡月もすぐ後にその場に座り込み、吐き捨てるように返した。  疲労感が襲う体を宥める若者に、蓮が溜息を吐いた。 「打ち込めねえうちに、こっちが体力を消耗したら、アウトじゃねえか」 「体力お化けが、どう言う心配だ? オレの方が、それは危うかったんだがっ?」  鏡月は睨み、辛うじてまだ小さい若者が、立ちあがるのを見上げた。  息が、全然乱れていない。  舌打ちしたい気持ちを押し隠し、何とか立ち上がって静の元へと歩いて来た若者を、少女は汗拭きタオルを掲げて迎えた。 「お疲れ様です」 「……」  鏡月が受け取った後、蓮にもタオルを差し出す。 「おう、悪いな」 「冷たいお茶も、用意しています」  いそいそと準備しながら、少女が二人の世話を焼く。 「大掃除は助かりましたが、蓮は珍しいですね。この時期は、市原さんの所にいると、聞いていましたが」  黙ってタオルを使い、コップの冷たさに浸る鏡月の横で、蓮は冷たい茶を一気に飲み干した。 「……そのつもりだったんだがな、今年はそうもいかなさそうだ。あの家にいたら、ごたごたに巻き込まれちまう」  かと言って、セイの所は論外だ。  今手掛けている件で、出し抜いた連中が、そろそろ再び集まり始めるからだ。 「まあ、間が悪いんだよな。何だってこの時期なんだか。理由の想像は出来るが、正直思い切ったよな」 「ごたごたに巻き込まれると言う事は、葵の奴、事件勃発で駆り出されたのか?」 「ああ」  この年末の慌ただしさの中で、騒動を起こす輩は多い。  今年は非番のはずの葵まで、駆り出す程に人手不足らしい。
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