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やれやれと、首を振る鏡月と相槌を打つ静を見て、蓮は首を傾げた。
「ん? あの事件、知らねえのか? もう、テレビでも新聞でも出回ってるはずだぜ?」
昨夜、起こった事件だ。
「事件?」
「ああ。ある豪邸で、ガキが撃たれた」
命は助かったが、未だ意識は戻らない様だ。
「ああ、篠原さんの所ですね」
静が思い当たって頷いた。
「うちの両親も、心配していました」
今はあの家に近づけないので、心配するだけしかできないと、新聞を見ながら唸っていた。
「葵の奴はな、事件だから出向いていったし、オレを巻き込む奴じゃねえけど、凪がなあ」
巻き込まれたのが幼馴染では、尚更犯人捜しに執着するだろうと、若者は苦い顔だ。
「正直、この件はややこしい事になりそうで、触りたくねえんだよ」
「そうですね、市原先輩は、許せないでしょうね。篠原和泉先輩とは、保育園からのお付き合いだと聞いていますし」
「篠原、和泉? あの、斎の息子?」
鏡月が呟いて、眉を寄せた。
露骨に嫌そうに顔を顰めるのを見て、蓮が小さく笑った。
「な? 触りたく、ねえだろう?」
「ああ、いくら金が欲しくても、解決を頼まれたくは、ないな」
「だから、逃げて来たって訳だ」
こういう複雑な話は、傍から見ている方が楽だと、二人の若者は頷き合う。
意味不明の会話だが、静はいつもの事と聞き流す。
聞き流しながら、昨夜起こった事件の概要を、思い出していた。
屋敷内の、高校生の子供の部屋に、何者かが侵入し銃で撃って逃走した。
その部屋にいた和泉は、肩の辺りを撃たれて重傷、出血がひどく、未だに意識が戻らない。
警察は、監視カメラの映像を解析し、犯人の特定を急いでいる。
「……侵入者を知らせるセンサーなどは、無かったんでしょうか?」
「どうだろうな。あっても、意味ねえかもな。家の住民なら」
「え?」
思わず振り返ると、口を滑らせた蓮が取り繕うように咳払いした。
「それは、詮索する事じゃあないだろう。お前は、静かに年末年始を過ごせ」
「お前たちも、セイの所に挨拶に行くんだろ?」
「ええ。年末の明日から、年明けまでいる予定です」
それじゃあ、静かには無理だと蓮は苦笑するが、鏡月は頷いた。
「志門や健一にも、よろしく言っておいてくれ。オレはもう、気楽にあの家の敷居は跨げんからな」
「え、どうしてですか?」
「ばったり鉢合わせたくない人が、出入り始めそうだからだ」
これも曖昧すぎて分からないが、静は一応頷いた。
そして、思い出す。
「そう言えば、篠原先輩とも、会った事はあります。何だかもてそうなメガネ男子ですね」
「……お前、この国に染まって来たな」
「吉本さんがそんな事を言って、跳ねていました。志門さん、市原先輩に、随分言い寄られているようですよ」
凪が帰宅する志門を直撃し、それを救い出すのがここしばらくの日課だったと、静は報告した。
一緒になって話しかける高野晴彦と市原凪の後ろで、静かに苦笑して立っているのが、篠原和泉だった。
「……と言うことは、他の同級生よりは、面識あるんだな。篠原和泉と志門は?」
「こりゃあ、まずいな」
天井を仰ぐ鏡月の隣で、蓮がその心境を代弁した。
「まずいとは?」
「面識がある同い年の子供が、大怪我して入院って話聞いたら、志門の奴心配するんじゃねえのか?」
「少し、人がいい所があるからな。あり得る。心配して出かけた先で、凪にとっ捕まって、巻き込まれていそうだな」
静が立ち上がった。
無言で一礼して道場を後にしようとする少女を、蓮が引き留めた。
「冗談だ、本気にするな」
「ですが、あり得る話です」
「あのな、静」
やんわりと、若者は言い切った。
「志門は確かに人がいいが、お人好しじゃあねえぞ。出かけ先で凪に会ったとしても、すぐに逃げて来れる」
「そんなこと、分からないじゃないですかっ」
思わず声を上げる少女を、鏡月はにんまりとして見つめた。
「何だ、お前は志門を妬んでいたんじゃなかったのか?」
本当は、セイに師事したかったのだと知っている若者の、意地の悪い問いに静は詰まった。
「む、昔の話を、いつまでも蒸し返さないでくださいっ」
確かにそんな時期はあった。
父親が自分の名を、憧れた若者の名にちなんでつけたと知った時から、憧れも引き継いでいた。
鏡月の剣技も好きで、師事した事に後悔はないが、その後でセイが面倒を見始めた志門を、羨ましく思っていたのだ。
今は、そんな気持ちは消えた。
むしろ、あの人がセイの弟子で良かったと、そう思える。
「ほう、いつの間に、そんな心境の変化があったのだ?」
「……深く突っ込むな。まだ早いだろうが」
楽しそうな鏡月を、蓮が呆れながら窘める。
静はこれでもまだ、小学生だ。
「ま、明日、あいつらと会うんだったら、その件も話題に上がるだろ。お前が率先して動く必要は、ねえよ」
「そう、でしょうか」
「心配なのは分かったが、過保護にするのは、志門の為にもならねえぞ」
しょんぼりと肩を落とす少女を、鏡月は微笑ましい気持ちで見つめた。
数か月前に起こった事で、静にも心の変化があった。
その変化がいい方向へと向かえばいいと思う若者の隣で、蓮はふと思い当たった。
「ん? 確か、始の奴が最近、篠原家と親しくしていると聞いたんだが、まさか健一の奴、この件に興味なんか、持たねえよな?」
「持つんじゃないのか? 知り合いの家の事件で、例の息子は健一の先輩だ。心配より、好奇心で首を突っ込みそうだな」
意地の悪い指摘に、若者は舌打ちした。
逃げてきた意味が、なくなってしまいそうだ。
「仕方ねえ。顎でこき使える人材を、用意しておくか」
あくまでも自分は動かない、そんな気概の蓮は、頭に浮かんだ人材に連絡を入れるべく、傍に置いてあった手荷物に手を伸ばした。
大事件に隠れてしまったもう一つの騒動が、ゆっくりと動き出していた。
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