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第6章 旅は道連れ
ナンシーが車窓から、遠く離れていく街を見て呟きます。
「今ごろ、寂しくて泣いているでしょうね」
「ホームシックですか? 戻られるのなら、先生は大喜びだと思いますが」
「あなたはどうなのよ」
「二度とあの街へは戻りませんよ。せっかく見逃してもらったのだから」
「見逃してもらった?」
ナンシーの声は、高くはね上がりました。
「あなた、あのポンコツ探偵がすべてを見通してたって言うの」
「可能性は否定できないかと」
助手のスト君こと、勝利の薔薇は淡々と事実を告げました。ナンシーはいちど目を見開いたものの、すぐに細めました。
「まさかね。ところで最後の勝負、何がどうなったの?」
「術者でない人に理解できるよう説明するのは難しいのですが……簡単に言えば『痛み分け』というところでしょうか」
「だから、分かんないんだって」
「僕は旅に出る前に、街の人々から怪盗の記憶をすべて消し去ると決めていました。先生がそこまで読んでいたとは思えません。ただ予告状を見て、すぐに勘づいたはずです」
スト君は、目を細めてゆっくりと息を吐きました。
「予告状の差出人が僕であると仮定した場合、ふたつの可能性が考えられます。ひとつは僕が決めていたように、人々から怪盗の記憶を奪うこと」
「どうしてそれが、『だいじなものをなくす』ことになるの?」
「探偵と怪盗の勝負は、あの街で最高の娯楽だったじゃないですか」
「ほうほう、なるほど」
「ふたつ目の可能性は、僕が本当に貴重な物などを窃盗して逃げ去ることです」
ナンシーは鼻を鳴らしました。
「怪盗として正しいのは、後者の一択じゃないの?」
「二択ですよ。とにかく僕は記憶を奪う方を選んで、街の中心に魔法陣を描いたのです。ところが先生は後者の可能性を考えてしまった。……そして予防措置を施しました」
ポンコ先生は街の住人すべてに無視の魔法をかけることで、「だいじなもの」がそこにあっても気づかないようにしました。つまり、心理的に見えなくしたのです。
そうすれば「盗まれる前になくなっていた」ということになり、予告状そのものに意味がなくなる、と考えたのでした。
「怪盗の正体が僕であった場合を考えての、親心だったのでしょう。でも、それが混乱を超えた混沌を引き起こしたのです」
予告日の前夜、スト君が魔法陣を描き終えたところに、ポンコ先生が現れました。隠れて様子をうかがっている彼の目の前で、先生は無視の魔法陣を描いて、さらに発動させてしまったのです。
「先生が指摘されたように、無視の魔法につられて、忘却の魔法も部分的に発動しました。いや、発動したと思われます。だから……僕も先生も、『魔法陣を描いたこと』と『その目的』を、すっかり忘れてしまったんです」
「ふたりともいちばん大切なことを忘れたまま、最後の勝負に臨んだわけ?」
「先生は自分が魔法をかけたことを忘れていましたし、僕は大事な計画を失念していました。だから街中を調査して、怪盗のやるべきことを推理しなければならなかったのです。そのあと、短い時間で先生の魔法を解除して、辻褄を合わせることしか出来ませんでした」
スト君は声を立てて笑いました。
「やはり僕の負けですかね」
「そう? 勝ちだと思うけど」
ナンシーは片手でうなじを押さえつつ、胸を反らしました。
「だって、街いちばんの美女を盗み出したじゃない?」
「およよ、僕はとんでもない事をしでかしたのである」
ふたりは、堪えきれずに同時に吹き出し、そのあと身をよじって笑いました。
(おしまい)
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