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第1章 魔法探偵ポンコチッチ
街でただひとりの魔法探偵、「ポンコ先生」ことポンコチッチ・ロートスが構える事務所のドアが、激しくノックされました。
助手の「スト君」ことストール・ボイサーが立ち上がってドアへと向かいます。でも彼が一歩をふみだすより前に、つまり4回響いたノックの直後に、「バン」と音を立ててドアが開かれました。体当たりをした勢いで室内に飛び込んできたのはいつものように、自称「絶世の美女ナンシー」こと、アン・メアリー・コットンでした。
「ナンシー!」
ポンコ先生とスト君が同時に叫びました。でもポンコ先生の声が調子っ外れに大きかったので、低く柔らかいスト君の声はかき消されてしまいました。
「また今日も吾輩に会いに来てくれたのかね? べっぴんさんや」
ナンシーは部屋の一番奥の肘掛け椅子から声を上げた探偵に、「ポンコツ先生は黙ってて」とぴしゃりと言いました。そうしてスト君の胸にハガキ大のカードを押し付けたのです。カードの裏には、タロットカードの「愚者」が描かれていました。
「勝利の薔薇からの予告状よ。町中にばら撒かれているの」
「それは大変だね」
スト君は受け取ったカードを傍のチェストの上に置きました。
「でもナンシー、まず僕の忠告を聞いてください。この事務所は……」
「『先生の下宿でもあるわけで、音はなるべく立てないように』でしょう?」
ナンシーはスト君の口ぶりを真似しました。
「だいじょうぶ。ここの大家さんはついさっき、外で近所の奥様方とうわさ話に花を咲かせていたから。それよりも……」
「天敵である吾輩に向けての挑戦状だね、これは」
ポンコ先生はいつの間に手にしたのか、チェストに置かれたはずのカードを眺めていました。鷲鼻の上に老眼用の鼻メガネがちょこんと乗っています。
「さすがです、先生。僕もそう思います」
「ええっ? 分からないわ。なぜあれがロートル探偵への挑戦状になるの」
スト君は敬愛する先生への悪口に眉間を曇らせましたが、すぐに気を取り直して人差し指を立てた手を顔の横で振りました。
「くだんの怪盗は犯行前に必ず予告状を出します。ですが、警察も並みいる探偵達もやつを追い詰めるどころか、犯行を阻止することすら出来ません。ただひとり……」
ポンコ先生はやせた胸を、「どんっ」と叩きました。
「うぷっ! こ、この吾輩を除いては、だな? スト君」
「おっしゃる通りです、先生」
目を細めるスト君を見て、ナンシーはため息をつきました。
「でも、ポンコ先生はスト君と偶然に助けられてばかりでしょう?」
「スト君は吾輩より優秀だとも。偶然に助けられている、というのも本当だ。だがそれもこれも全部ひっくるめての吾輩、魔法探偵ポンコチッチである。窃盗の予告が街の皆に宛てられたものならば、それ即ち吾輩への挑戦にほかならない」
ポンコ先生は手元からカードを飛ばしました。
「では怪盗との最後の大勝負、受けて立とうではないか」
「最後の……ということは、やっぱりスト君、街を出ちゃうの?」
スト君は頷きました。来週、20歳になります。成人したら遠く旅に出ることは、ずっと前から決めていました。
ポンコ先生の言うとおり、この事件が怪盗対魔法探偵、最後の勝負となるのです。
ナンシーの目の前で宙返りを繰り返していたカードが、図柄を上にしてチェストの上に降り立ちました。驚いたことに、「愚者」に描かれた人物の顔はいつの間にか、スト君の顔に変わっておりました。
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