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第2章 なくなった!
探偵事務所が開く朝9時ちょうど、ナンシーが駆け込んできました。
「おお、女神よ。今朝も麗しい」
「あら、ポンコツ先生もいたの?」
「およよよよ。ここ吾輩の事務所だけど」
ナンシーは部屋の中を見渡すと、一瞬もためらうことなく、書類整理をしていたスト君に飛びつきます。
「ねえ、聞いて。街は大騒ぎよ。朝になってみたら、それぞれがいちばん大事にしていたものが消えちゃってたんだって!」
「吾輩が思うに、だね。それは怪盗のしわざに間違いなく……」
ポンコ先生は顎先の白い髭を撫でる手を止めました。
「……ナンシー嬢、聞いてる?」
「私はスト君の意見を聞きたいの。ロリコン探偵は鼻を突っ込まないで」
「ロリ……いやいやいや、君は何年も前に成人しているだろ? それよりも未成年のスト君にそんなふうに絡みつくと、君こそ街の青少年保護育成条例に……」
「なに? 条例がどうかしたのかしら」
「いや、いいんだ。……ごめんなさい」
ポンコ先生は背中を丸めて、肘掛け椅子へと戻っていきました。
「あの、もうすこし先生にも優しくしてください」
「だめよ、スト君。あの年頃の男性は甘やかすとどこまでも付け上がるから」
「でもほら、今は叱られた子犬のようになってますよ」
スト君は事務所の奥にちらりと目をやって、それから彼の腕に抱きついているナンシーの顔を見下ろして、「ふう」と、ため息をつきました。
「分かりました。とにかく街の様子を教えてください。何が起きているのですか」
「大変なこと。予告状のとおりになっちゃっているの」
「おかしいですね」
「どうして? 予告通りになったのに」
「怪盗が意図的に約束を違えたことになります。これまでそんなことはありませんでした」
「今回だけは、ポンコ先生の言うことが正しいように思えるけど」
ナンシーが首を傾げると、スト君はいつものようにマットな声で自分の考えを話し始めました。
「予告されたのは犯行だけではなく、『名探偵ポンコチッチとの対決』でもあったはずです。やつが勝負を避けるとは思えません。ですから、騒ぎの原因は別のところにあるのでしょう」
「そうかしら。なんだか怪盗ローズを庇っているように聞こえるけど」
スト君は、「ははは」と、屈託のない笑い声を立てました。
「ところでナンシー、お願いがあるのですが」
「なんでも言って」
「では遠慮なく。僕はこれから聞き込み調査に出かけるので、ポンコチッチ先生と店番をしていてくれませんか。先生は考えに集中すると、ほかのことを忘れてしまいがちですから、よろしく頼みます」
いつの間にか上着を羽織っていたスト君は、ドアから「するり」と、出て行ってしまいました。先生とナンシーは、互いに目を見合わせます。
「美人によろしくしてもらえるなんて。吾輩、今日はついてるなあ」
「はあ? 『よろしく』なんてしませんから」
ナンシーの目には危険な光が灯っていました。
「こんど言ったら、セクハラで訴えます」
「よよよ、これは脅しではなく予告である」
ポンコ先生は、「冗談が通じない」と悲しげな声音で訴えましたが、もちろん返事はありませんでした。
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