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第3章 午後の紅茶
スト君が調査に行っている間に、街の人たちが大勢やってきて、口々に被害を訴えました。独身者用の下宿の一室を充てた事務所にはとうてい入りきらなくなって、順番待ちの列は街の中央広場を一周するほどでした。
大工の棟梁は道具を、医者は聴診器を、赤ちゃんは哺乳瓶をなくしてしまい、「困った、困った」と口々に訴えています。まだ喋れない赤ちゃんは、荒々しくママのおっぱいを吸うことで不満を表現しました。
事務所が人で溢れると、ナンシーは広場へ向かいました。手には魔法蓄音再生器と拡声器を持っています。
「親愛なる皆様、吾輩は名探偵ポンコチッチであーる。大事なものをなくされて、たいへんお困りのことと思う。だがまずは警察に行って、被害届を提出してもらいたい。なぜならば吾輩の名推理によって、今朝の騒ぎは怪盗・勝利の薔薇のしわざではなく、ほかに原因があると思われ……」
録音を聞き、感心したように頷く人を見て、思わずナンシーは呟きました。
「推理したのはスト君だっつうの」
それでも街の人々はポンコ先生を信じていました。もともとうっかり者で、さらに最近はど忘れがひどくなってきていても、皆は先生のことが好きでした。
なんと言っても、怪盗と名探偵の対決は、この街で起こり得るいちばん刺激的な出来事なのです。人々は大事なものがなくなって困りはしても、これからポンコ先生の活躍が見られる、と心ひそかに楽しみにしていました。
午後3時過ぎにスト君が戻ってくると、行列はなくなっていました。ナンシーは長椅子にくずおれて、ポンコ先生は肘掛け椅子に埋もれています。
「こんなことなら、スト君について行くのだったわ」
「奇遇である。吾輩も今、同じことを考えていたところだよ」
「セクハラポイントが、1点加算されました」
「なんと!?」
スト君は二人のためにお茶とお菓子を用意しながら、含み笑いをしました。
「僕は歩き回って、足が棒です。ついて来なくて正解でしたよ」
ナンシーの眉がぴくりと上がりました。
「本当にずっと歩き回っていたのかしら? スト君、このいかにも手作り感満載なクッキーは、どこで手に入れたの」
「ああ、それは『パン職人通り』のハドソン夫人のお宅で事情聴取中にたまたま焼き上がったのを、お土産にいただいたのです」
「このとてもいい香りがして、お値段が張りそうな紅茶は?」
「それは市長に、羽ペンがなくなったという話を伺ったあと、奥様が『うっかり買いすぎたから』と言うので、缶ごといただきました」
「たまたま、そして、うっかり……ねえ」
ナンシーは低い声で、「ふうん」と唸りました。
「ポンコツ探偵!」
「吾輩はポンコツではなくポンコチッチであるが……、何か御用かな、ミス?」
「犯罪発生よ。窃盗だわ。行って泥棒猫たちを捕まえなさい」
ポンコ先生は眉間にしわを寄せて、力なく首を左右に振りました。
「スト君はモノではないのだが」
「じゃあ誘拐未遂! いいえ、青少年保護育成条例違反よ」
「もはや滅茶苦茶である。吾輩は探偵であるからして、推理をせずとも犯人が分かっているのなら警察に掛け合ってほしい」
スト君は軽く咳払いをして、ふたりの注意を引きつけました。
「調査の結果を報告する前に、事務所にやって来た人たちのなくしものが何かをお聞かせください。紅茶のおかわりは、いりませんか」
ナンシーは、頬を膨らませて空のカップを差し出しました。
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