12人が本棚に入れています
本棚に追加
第5章 対決
怪盗・勝利の薔薇は橋のアーチが最も高くなる場所に立っていました。魔法探偵ポンコチッチの通報で駆けつけた警察が、四方からスポットライトを浴びせています。
「彼は今まさに、袋の鼠である」
ポンコ先生が顎ひげをひと撫ですると、スト君が横で頷きました。
「最後の勝負、決着がつきましたね」
「ふむ。吾輩、なんだか勝った気がしないのだが」
「犯行を阻止したのだから、間違いなく先生の勝ちですよ」
先生が「うむ」と唸った瞬間、アーチの上の人影が宙へ足を踏み出しました。
スト君が特定した現場には、ふたつの魔法陣が隠されていました。ポンコ先生の鑑別によって、ひとつは無視の魔法陣、もうひとつは忘却の魔法陣であると判別したのです。
無視の魔法陣は使用済みでした。忘却の魔法陣は部分的に作動した形跡があって、ポンコ先生によれば、無視の魔法陣が発動した影響で部分的に作動してしまったようです。
「魔法陣を描いたチョークの、この部分だけがもうひとつの陣に向かって少し崩れているだろう? これはよく似た性質を持つ、ほぼ同威力の魔法陣が近くに描かれた場合にのみ起こる現象なのである。スト君、覚えておくといい」
スト君は、黙って頷きました。この現象を怪盗があらかじめ知ってさえいれば、今回の事件は全く違った展開になっていたでしょう。
「ありがとうございます。最後の事件で、いい勉強になりました」
「同一人物がこれほどの魔法陣をふたつ描くことはまずないだろうから、実力伯仲のふたりの術者がいたことになる。ひとりは怪盗だろうが、もうひとりは誰であろうな。かなりの使い手であることは分かるのだがね」
ポンコ先生の推理は、そこで中断させられてしまいました。現場に駆けつけた警察官が、橋の上でこちらの様子をうかがっていた不審人物を見つけたからです。橋の両側から迫り来る警察官に追い立てられ、橋の上に逃れたのは怪盗でした。
橋の上から一歩を踏み出した怪盗は、まるで空中に見えない床があるかのように、すたすたと宙を歩き出しました。警察は川岸から魔法の捕縄を飛ばしますが、見えない壁のようなものに阻まれて、目標の手前で落下してしまうのです。
スト君が声を上げました。
「先生!」
「うむ。吾輩の出番である」
ポンコ先生が、空中を歩く人影に向けて手を伸ばしました。目に見えない糸が目標に向かって飛んでいくのを、スト君は見ることなく感じます。
魔法の糸は捕縄と違い、見えない壁に遮られることなく目標に向かって突き進みました。あとわずかで届くと思われたとき、先生は腕を下ろしました。
「うむ、取り逃したのである」
怪盗はそのまま宙を歩き、空の彼方へ消えてしまいました。
最初のコメントを投稿しよう!