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いつもはほぼ無人の庭園が生徒やその従者などで溢れ返ってる、お陰で花たちもいつもより活気あるように見え自然と笑みを溢せば「ふふ」と隣から聞こえ顔を向けると婚約者は穏やかに笑いながら俺を見てた。
「いや、何でもない。ここは人目が多い、何処か休まる場所で落ち着きたいものだ」
通路にはいくつかテーブルなどが用意され、思い思いに楽しんでいる様子があるが、入口付近のエリアには庭園に慣れてないのかお茶会に慣れてないのか、庶民や爵位なしの貴族、つまり見慣れないものが多く見受けられる。
根っからの王族な婚約者には少しキツいようで。
「エドウィン様、向こうにガゼボがありますの、そちらに向かいませんか? 本日は日差しも少しありますので」
「ああ、そうしよう」
ホッとした様子の婚約者に良かった良かったと頷く俺の耳元に執事がそっと顔を近付けた。
「悪役令嬢ポイント減点5」
何点所持しての減点だと顔を向けるが、何事もなかったようにつらっと斜め後ろに立つ執事。
つまり、今の俺は悪役令嬢らしくなかったってことか?
嘘だろ、婚約者に気を遣ったんだ……ハッ、そうか、悪役令嬢は、元のシャロンは気を遣わなく他人に気を遣わせてたのか?
クソ、悪役令嬢難しい……!
それから婚約者と共に庭園の中央にあるガゼボに向かえば、運良く誰も居らず腰を落ち着かせると執事がすぐに紅茶を淹れてくれた。
婚約者にも出すように用意してる間目で訴えれば伝わったのか、先に置かれた紅茶と執事を見て婚約者は戸惑った様子で「頂こう」とカップに口を付ける。
そんな優雅な様を付いてきたのか遠巻きに生徒たちは婚約者を見てるので、執事がそっと俺の肩を肘で小突いてきた。
見上げれば目だけで合図されてしまい、どうやら悪役令嬢ポイント増減タイムらしい。
少し舌鼓打たせろよ、悪役令嬢に休みはねーのか。
そこで軽く咳払いをし、遠巻きの生徒たちに視線を送ってから肩にかかる髪を手で払う。
貴方たちでは住む世界が違うのよそこで指を咥えてなさい、的な態度だ。
しかし、生徒たちはそんな俺を見て頬を赤らめうっとりとした。
「……ごほん」
そんなあからさまに嫌みたっぷりの態度に何故、と思う俺の前に今度は腰を下ろす婚約者が咳払いをすると、ハッとした様子で生徒たちがそそくさと蜘蛛の子を散らす。
「早く卒業したいものだな」
「え?」
「手が届くと思われても困る」
何の話かわかんねーけど、今すぐ卒業はちょっと待ってくれ、先に婚約破棄してからにしようぜ。
しかしここで言葉を無視する訳にもいかねーな。
「手が届く、そうですね。無礼講とは言いますが、わたくしはきちんと立場を弁えるべきだと思います。エドウィン様やオリヴァー殿下の御身に何か起きてからでは困りますもの」
無礼講って言ってるのに立場云々を口にして牽制しこの根底から今回のお茶会の主旨を否定する、どうよ、俺ってばめっちゃ悪い奴!
なら参加すんなよと言うツッコミが飛んできそうだぜ、とようやく紅茶を飲むと今日の茶葉はいつもより甘くて美味しい。
頑張り時なので甘いのは有り難いと満足げにカップをソーサに置けば、婚約者が俺を見てフッと小さく笑った。
「あ、エドー、こんな所に居たんだねー」
そしてその笑みは陽気なお兄ちゃんの声で能面へと進化した。
もはや弟探知機と名乗っても良いオリヴァー殿下はゆったりとした足取りで珍しく1人で現れ、婚約者の隣の椅子に腰を下ろしてから「同席してもいい?」と笑う。事後報告スタイルだ。
「無礼講だと言うのに、2人は普段通りのお茶会みたいだね」
「自由にしても良いと解釈した結果、こうなったまでですが。兄上までお越しになってしまってはそれこそ、主旨を無視した形となったのでは?」
「僕は可愛い弟と見目麗しいシャロンの居る場所に来たかったんだよ」
可愛い弟……っ、突然の供給ありがとうございますと内心食い付きながら平静を装い、執事が殿下の分の紅茶を出すのを確認してとりあえず微笑んでおこ。
しかし戻ってきた執事がまた「悪役令嬢ポイント減点10」と耳打ちしてきたせいで、何が悪かったんだ俺は主旨を否定したのにと執事に視線で訴えれば首を横に振られた。
「来たかった、と言うことなら目的は果たし終えましたね? どうぞ、皆の元にお戻りください」
「うわ、それが実兄に言う言葉かなエド? ならどうして参加したんだい?」
「誰が所有権を有しているのか知らしめる為、ですが」
「見せびらかしたいってこと? いつもしてるのに?」
お、何の話だ?
何か珍しくオリヴァー殿下が引いた顔で婚約者を見てるんだが、首を傾げれば殿下がすぐに「ならますます邪魔をしないと」と普段通りの笑みを浮かべると、何処かに向かって手を振る。
その先を追えば人垣から1人の少女が一歩前に出た。
「ライラくん、良かったら君もこっちに来ない?」
「行きます!」
ヒロイン召喚しやがったぞ!
軽い足取りで走るように駆け寄るヒロインに人垣からは「何あの庶民」「場違いなのよ」「邪魔しないで」と俺が悪役令嬢として言うべき台詞をギャラリーにめっちゃ奪われる。
と言うかもうヒロインかよ、いや良いんだが、悪役令嬢タイムを全力で挑まなきゃなんねーのこれ、と内心焦ってれば視界の隅で誰かと視線が合った。
く、クリフ!
クリフも来てた、いやそうか、お茶会イベントは各攻略で出てくるもんな、と言うことは他の攻略対象も居るのかと視線を動かせば、アナちゃんと並び不安そうな義弟と、人垣の奥の方に目立つ赤髪が見え、うん全員居た!
何かと言うか何このギャラリーの数、俺たち見せ物なのか?
「お邪魔しま──」
陽気にやって来たヒロインの言葉を遮るように音を立てて立ち上がれば、その品のない所作に両殿下が目を丸くして俺を見てるのが視線でバッシバシだが、ここからはお利口な貴族令嬢は休業だ。
俺は悪役令嬢になる。ポイント増加キャンペーンを、婚約破棄のチャンスを逃すな。
「貴女」
「え、あ、はい」
「オリヴァー殿下にお許しを頂いたからと言えど、此方にはエドウィン様がいらっしゃいますのよ? 馴れ馴れしくエドウィン様に近付かないでくださいますこと?」
「え?」
「お?」
「シャロン」
俺の言葉に反応したのは上から、ヒロイン、殿下、婚約者だ。
「それに、貴女は良家の出で無いにしても、人前で走るなど品のない行動をなさるのははしたないですわ。教養は学園でも受けているはずです、不勉強なのではございませんか? 何をしに、学園に通ってますの? 今の場が無礼講と言えど両殿下は我が国の王となられる方です、家柄以前に国民であればお二方にどの様に接すべきかお分かりでしょう?」
「えっと……怒られるようなこと、しましたか?」
「ふふっ、わたくしの申していることがわからないのかしら」
「シャロン」
気付けば婚約者が隣に立ち上がり、俺の肩に手を置く。
「そのくらいで良い」
「……エドウィン様、この方を庇われるのですか?」
キツい言動に萎縮し震えるヒロインが可哀想だと諌めるシーンはゲームであった、つまり俺はかなり悪役令嬢として上り詰めてポイントがガンガン入ったんじゃねーか?
ここで俺を冷たく突き放してヒロインを庇うくらいの来るだろ、と内心ウキウキしてると、婚約者は本当に不思議そうに首を傾げた。
「庇う? 私が、その女を?」
「え? 止められました、ので……?」
「いや、私はシャロンの言葉が無駄になるだけだから止めただけだ」
ど、どう言うこと……?
視線だけ執事に送れば、執事が可哀想なものを見るように俺を見、首を横に振る。
嘘だろ、俺の悪役令嬢完璧だったろ?
動揺する俺の腰に手を回し、「ここは騒がしいな」と婚約者がナチュラルにエスコートするように歩き出した。
「あの庶民は兄上が用があるだけで、私とシャロンにはないので立ち去らせて頂くとしよう──では兄上、ごゆっくり」
「わあ、エドってばすごい怒ってる」
「そんなことはありません。私の婚約者が私に他の女性が近付くと嫉妬しまうようなので、ご迷惑になってしまうかと」
なあシャロン、と満足げの婚約者に、おかしい、嫉妬するシャロンのことめっちゃ嫌がってたゲームのお前なんだったのと震える。
嫌がるどころかめちゃくちゃご機嫌な婚約者に連れ去られる最中、「本当にお似合い」「嫉妬するシャロン様可愛い」「あんなに嬉しそうなエドウィン殿下初めて見た」と言うギャラリーの声に1つだけわかったことがある。
もしかして、ヒロインはエドウィンルートを一切介してないのでは、と。
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