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ご機嫌な婚約者と2人で居たが、王城の従者が現れ何か耳打ちするとため息混じりに「すまない、急用だ」と残念そうな婚約者を笑顔で見送って途端に脱力感に襲われる。
「何を、間違えたのかしら……」
小声とは言えど、まだ学園で誰が居るかわからないのでお嬢様言葉で呟けば、「全てかと」と執事の冷静な声が返された。
嘘、何で全部だよ。
そもそも悪役令嬢作戦打ち出したのお前じゃなかったか、と恨めしく睨んでれば反対側から「シャロン」と声を掛けられる。
振り返れば心配した顔の幼馴染みが。
「クリフ」
「いや、その……何だか大変だったね」
そうだ、一部始終見られてたのか、微妙な顔を浮かべる幼馴染みに曖昧に頷き返せば、とりあえず落ち着ける場所に、と人気の少ないベンチに向かい、執事がハンカチを敷いた場所に腰を下ろした。
幼馴染みは1度だけ執事に視線を向けてから隣に腰を下ろして、笑う。
「急にごめん……シャロンの顔色が良くないように見えたから、その、タイミングを窺ってた。さっきオリヴァー殿下が従者と一緒に居なくなったからエドウィン殿下もそうだろうなと」
「そうでしたのね。いいえ、大丈夫よありがとう」
「そっか……うん、その……シャロンは本当に、嫉妬で言ったのかな?」
「うん?」
「ライラ……あのオリヴァー殿下が目をかけてる娘にだけど、エドウィン殿下は嫉妬でと捉えたみたいだったけど、俺にはそうじゃなく聞こえたから」
まあ一切嫉妬したことねーけど、悪役令嬢の演技としては婚約者に近付く庶民に噛み付く嫉妬した言葉のつもりだったんだかな。
あと身の程知らずが的なニュアンスだった、全く通じなかった訳だが。
「決して悪い言葉ではなかったのに、ただ怒ったように受け取られてたのが悔しいなって」
「悔しい? どうして?」
「君は間違ってないのに、あの子は怖がったようにして君を恐ろしく見せた。それが気に入らない」
「……クリフは、彼女が苦手なのね」
「苦手? まさか、嫌いだよ」
嫌悪丸出しでそう言う、みんなの騎士様のストレートな言葉に目を丸くする。
幼馴染みの人の良さは折り紙付きと言っても良いほどだ、伊達にあのシャロンの幼馴染みとして長年居ても愛想を尽かさないどころか最後まで味方なのだ。
その幼馴染みが「嫌い」と言うのだ、ゲームでは結ばれることだってあるヒロインを。
「ど、どうして? 別に性格は悪くはないのでしょう? 悪ければオリヴァー殿下に誰も近付けないはずだもの」
「どうかな、でも理由を上げるなら、彼女は君を傷付けた、だから嫌いだ」
「お嬢様を傷付けた、とは?」
そこで執事が口を挟む。
それに幼馴染みは意外そうな顔をしてから俺に小声で「言ってないの?」と聞いてきたので、何を言ってないんだっけ?
「そうか、だから君はライラに対して無関心なのか」
「は? ……失礼。何が、でしょうか」
「シャロンが以前、足を怪我したのは、ライラが廊下を走ってぶつかったせいなのに」
「あ!」
すっかり忘れてたそんなこと!
色々ありすぎて忘却の彼方だわそれ、とヒロインに轢かれたことを思い出したのと同時に何故言うクリフ、と問い詰めたい気持ちは、後ろからの「左様でございましたか」の言葉で霧散した。
恐る恐る振り返れば、執事はそれはそれは妖艶に微笑む。
「お嬢様、路傍の石の処理に向かわせて頂きます」
「だ、駄目よ、レオ! わたくしの傍から離れないで!」
「心配には及びません、お嬢様。すぐに事が付きますので」
「いっ、1秒足りともわたくしから離れては駄目!」
今にも始末に飛び出しそうな狂犬のような突然忠誠心が厚くなる執事を、ステイステイ、と宥めれば「かしこまりました」とようやく殺気が引っ込んだ。
「わ、わかれば良いのよ……」
何か無駄に疲れたな、さっきヒロインに言葉を浴びせた時に婚約者に言葉を無駄にするなって言われたが、まさしくこれ。
ふう、と一仕事終えた気分で幼馴染みに振り返れば、今度は幼馴染みの機嫌が下降してるじゃねーか。何で?
「クリフ?」
「え? ああ、いや、何でもないよ……」
「わたくしには、何でもないようには見えませんわ。具合でも良くないの?」
「いや、大丈夫……それにもし調子が悪くても君と居れば良くなるだろうしね」
またこいつはこんなことを、お家芸的なそれとして受け止め、折角のお茶会なのにそう言えば落ち着いて紅茶飲めてないことに気付いて、「なら、ここで2人でお茶会でもしましょう」と笑いかけてやる。
クリフは執事を一瞥してから「いいね」と笑い返した。
無礼講なのだから、久々に幼馴染みと過ごしても文句を言う奴は今は不在だから良いだろ、と今更無礼講と言う主旨を引っ張り出す辺り、やっぱり俺には悪役令嬢の素質がある。
「と言うことで、婚約者ルートでは無いことが確定したんだが」
その夜、いつものように執事と自室で作戦会議と反省会を開く。
「修正までは良かったけど、まさか婚約者があそこまで悪役令嬢に耐性があるとは」
「あの振る舞いの数々は以前のお嬢様に全く及びませんでしたので、お嬢様は無理にそうなろうとしなくて結構かと」
「何でだよ? 俺だってシャロ、んぐぐ?」
「お静かに」
突然執事が俺の口を手で塞ぎ、ドアに視線を向けた。
それから小声で「誰か、部屋の前に来ました」と囁く。
「……来た? 通り過ぎたって訳じゃなくて?」
「はい、立ち止まり聞き耳を立てている様ですね」
「マジ? 何で?」
「確認して参りましょうか?」
「……良い、何か怖い」
思わず執事が腕を掴んでしまった。
訪れるでなくこっそり聞き耳を立ててる誰か、が居ることが何だか怖くなり知りたくない気持ちが勝れば、執事はそんな俺を見て珍しく表情を和らげる。
「ご安心ください、お嬢様。貴女様には俺が居ます」
「レオ」
「これから先も重宝してください、シャロン様」
そう言い優しく笑う執事に頷けば、執事はそこで「居なくなりました」とスン……と言わんばかりに表情を無にした。
「あれ、今のレオは蜃気楼?」
「ああ、お疲れで思考が?」
「主を馬鹿にするレパートリー」
何か少しドキっとした気がしたが気のせいだったな、ともう寝よと布団を被れば「お嬢様」と呼ばれ顔を布団から出す。
と、額にチュッと何かを押し付けられた。
「次はもっと頑張りましょうね」
そこで蜃気楼だと思ってた優しい笑みを浮かべ、おやすみなさいませ、と頭を下げ去ってく執事に呆然と額を擦る。
「お、お疲れなのは、俺か、お前か……?」
もしかして仕事のし過ぎで、と心配になる様子がいつもより甘い執事に対し高鳴る心音は、きっとそう、心配だからだ。
頬が熱い気がするのは、俺が疲れてるからなだけで、と布団を頭から被ったが、眠気が来なかったのも疲労のせいなのだ。
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