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暗雲低迷
唯一出入りが自由な一階の渡り廊下を使って、一切明かりの灯らない黒い影をした旧校舎へと二人は向かった。建物に近づくにつれ、志翠の顔色はどんどん白さを増していき、清風は一緒に旧校舎へ入るのを躊躇う。
「なぁ、志翠、俺走って帰ってくるからお前ここで──」
「無理だよっ、チビる!」
「このまま一緒に行ってもチビりそうな顔してるくせして……」
「清風怖くないの? こんな不気味で真っ暗な校舎」
「そりゃ不気味ではあるけど……。怖いって幽霊がってことか? あんなのどこの学校にも一つはあるだろ、噂が噂を呼んで出来たような心霊話。実際誰が見たってハッキリしない上、なんの証拠すらない」
「──そう、だけど……けど、もし噂が本当だったら?」
「幽霊なんていない」
清風が強くそう言い切っても、志翠の憂いは未だ晴れる様子がなかった。
「だったら、目瞑ってろ。そうすれば何も見なくて済むだろ」
清風は渋々志翠の手を取り、自分の服の裾を掴ませた。今にも泣きそうな瞳がこちらを見上げていて、清風の深い場所にある邪な心が思わず悲鳴をあげそうになった。
頼むから、そんな純粋な目で俺を見ないでくれ──。
清風は無理矢理志翠の瞼を閉じさせ、ゆっくり旧校舎の廊下を進む。
年季の入った旧校舎の廊下は歩くだけでミシミシと軋んで響き、余計に不気味さを演出した。人が使わなくなった場所はこうもさびれていくのかと、清風は温かみを感じられなくなった塞がった教室たちを眺めながら歩いた。
先輩に言われた通り、奥まで進むと突き当たりには第二音楽室の札がついていた。
「志翠、着いたから。この前で待ってろ、ドアは開けたまま行くから、それなら俺の姿がここからでも見えるだろ?」
「……うん、でも……」
「いいから、すぐに戻るから。ここで俺のこと照らしてよそ見せず待ってろ、わかったな?」
「……わかった……」
清風が音楽室のドアを開き、迷いなく真っ直ぐ中へと入って行く。その背中を一瞬追いそうになりながら、志翠は入り口で足を止めた。見失うのが怖くて志翠はランタンで清風の背中を照らしながらじっとその背中を追った。
音楽室は一般的な教室より広めで奥行きがあった。それでも志翠の持つランタンの明かりはしっかりと清風の背中まで届いており、清風が目印のありかを探す間もずっとその姿を照らし続けていた。
中にいる清風が目印か何かに気付いたのか、前を見ていた頭の向きが突然横へと逸れた。そして、一瞬にして志翠の視界から突然いなくなってしまった。
「清風っ?」
急に不安を覚えた志翠は、頭で考えるよりも先に無意識のまま一歩中へと足を進めてしまった。敷居を越えた瞬間、キンと短い耳鳴りと共に手元のランタンが急に消え、あたりは一瞬にして暗闇に飲まれた。
「清風っ、どこ?!」
清風のランタンも消えてしまったのか、音楽室の中には一切の光がなかった。それだけでなく、なぜかすぐそばにいるはずの清風の気配を一切感じることができない。
「清風! どこ? 返事してよっ、清風!!」
志翠は突然暗くて大きな箱の中に閉じ込められてしまったような錯覚に陥り、かつて味わったこともない強い恐怖に全神経を支配され、震える膝は一切のいうことを聞かず、志翠はその場にへたり込んでしまった。
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