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今昔之感
清風はなんとなく腹回りが涼しくて、寝苦しさから小さく唸り、目を覚ました。
開いた視界の中に輪郭のぼやけた人影が映り、その正体が志翠だと分かると脳が凄い早さで覚醒した。
「何してんだよ!」
とんでもないことに、志翠は眠っている親友のパジャマのウエストを引っ張り、その中を覗くだけに留まらず、清風の清風まで直に見ようとパンツに手をかけていたのである。
力一杯手を払うと志翠は大袈裟な悲鳴を上げ、あろうことか逆ギレしだした。
「少しくらいいいじゃんっ、清風のケチッ」
「はぁ?? 寝てる人間の股間を勝手に覗いてる奴が何をエラソーにっ……」
「だってぇ、清風のそーいうの、初めて見たんだもんっ、清風もちゃんと男の子なんだねぇ〜」
ぐふぐふとおかしな声を出しながら笑う、酷く悪趣味な親友の頭へ思い切りグーパンを食らわせる。
「痛ェッ! なんだよぉっ! 朝立ちくらい皆すんだろーっ、ちょっと見られたくらいでっ、体操着に着替え中の女子かよ!」
「意味不明な例えはヤメロ! 親しき仲にも礼儀ありって言葉知ってるか? それに、お前がしたこと準強制わいせつ罪に相当するんだぞ!」
「なにそれ〜、いちいち大袈裟なんだよ、清風は〜」
「へぇ、じゃあお前のも今ここで見せろって言ったら脱いで見せられるんだな?」
志翠は清風の強い言葉を聞くと、それまでの不貞腐れた態度を一変させ、急にモジモジし始めると、俯きながら「それは……やだ」と小さな声で呟いた。
「はぁあ?! ちょっと見られたくらいでってお前が言ったんだぞ!」
「だって俺、清風みたいにそんな立派じゃないもん」
「お前ずるいぞ! そんな主観的過ぎる言い訳通用するとでも思ってんのかっ」
「え〜っ、言い訳じゃないよっ、事実なんだって! マジで無理っ、あっ、でも俺が完全寝てる時にコッソリ覗くなら全然良いよ! そしたら見られたこと知らないから!」
「やだよっ、なんで俺までそんな犯罪行為しなきゃいけないんだよ」
「清風が見せろって言ったんじゃん!」
「それはお前が……って、もういい! この話は終わり! あと今決めたっ、二度とお前をうちへは泊めない。次からは階段から落としてでも叩き起こすからな!」
「えーっ、冷たいこと言うなよ清風ぇ〜っ、俺とお前の仲じゃんかぁ〜」
腕組みしながら完全に背を向けた清風に向かって、志翠は背後から木にしがみつくコアラのように腰へ抱きつき、身長差のある顔を下から必死に覗いて許しを乞う。
「長年寄り添った夫婦みたいなセリフ言いながら甘えるのはヤメロ!」
「なぁ〜、機嫌直してよぉ、清風ぇ〜」
ぐりぐりと頭を清風の背中に押し付けて志翠は猫撫で声で年甲斐もなく親友に甘える。
「ヤメロ、お前昨日風呂入ってないんだぞっ」
「一日くらいでなんだよ、俺そんなに汚くないからなっ」
「だから、さっきからお前基準を人に押し付けるな」
「なんだよー、昔は汗だくになって遊んでも一緒に寝てたくせに、清風って潔癖症?」
「お前が無神経なだけだ」
「失礼しちゃうわっ、何様なのよっ」
志翠はわざと声のトーンを高くして頬を膨らませ清風を睨むが、すぐに大きく笑い出す。
突然の感情の落差に驚いた清風が背後の親友を見やると、赤ら顔ではにかんだ笑顔と目が合い、思わずドキリとした。
「めっちゃ楽しい。清風とこんなにたくさん話したのすごく久しぶりかも。清風が俺にブチ切れてこんな風に言い合うの、すげぇ久しぶりな気がする。懐かしくて変な感じ」
「……ふぅん……」
「ふぅんって、なんだよ。気付いてなかったわけ?」
志翠が必死に見上げても、清風はすでにそっぽを向いてしまっていて、その表情を確認することは出来なかった。
なんとなく、見えない扉が閉まった音が聞こえた気がして、本能的に志翠はゆっくりと体を離した。
──ああ、また……、と志翠は下唇を噛んだ。
「……なぁ、清風、ごめん。もう二度としないから許して」
「もういいから……。帰る支度しろ。俺この後バイトあるから」
そこから志翠が部屋を出るまで、清風の閉まった扉は二度と開くことはなかった──。
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