はじめての飛び込み営業

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「こんにちは! いいお天気ですね。もう、コートなんていらないくらいの陽気ですね」 「……ちょっとあんた、インターホン越しにいきなり世間話を始めないでよ。急になんなんだよ」 「あっ、そう言えば僕、今日コート着てませんね! すでに忘れてきてました! あっはっはー!」 「いやいやいや、続けない続けない」 「つかみはOKですか?」 「こっちに聞くなよ。OKじゃないよ。完全にそっちのおかしなテンションに置いて行かれておりますけれども?」 「おかしいなあ、先輩から教わった必殺・アイスブレイクが通用しないとは」 「アイスブレイクは技じゃないよ。そういうのは普通、玄関開けてからやる会話だろうが」 「おかしいなあ、そんなこと先輩は教えてくれなかったけど」 「常識だからだよ! だいたい、なんなんだよ、お前は!」 「あ、わたくし、こういう者です」 「だからインターホン越しに名刺見せられても困るっつーの!」 「じゃあ、どうすればいいんですか」 「出て来てもらうように工夫しろよ! お前、セールスマンじゃないのかよ!」 「えっ、そう見えます? いやあ、嬉しいなあ、まだまだ半人前なんですけどね」 「なんで喜んでるんだよ。どう考えても半人前どころじゃないけどな」 「何しろ、今日が初めての飛び込み営業なもので」 「半分どころか、経験値ほぼゼロだった。……まあいいや、そこで待ってろ。名刺もらって、本社のほうに電話してやるから」 「お買い上げありがとうございます!」 「注文じゃねえよ! クレームだよ! 何売ってんのかもまだ見てないのに買うわけがあるか! ……ほら、不本意だが来てやったぞ」 「こんにちは! いいお天気ですね。もう、コートなんていらないくらいの陽気ですね」 「しれっとやり直してんじゃねえよ」 「あっ! そう言えば! 僕! 今日! コート! 着てませんね!」 「高らかにやり直してんじゃねえよ! 『しれっと』の部分にツッコんだんじゃなくて、やり直ししてることにこっちはツッコんでんだよ!」 「えーと、そしたら、もうひとつ教わっているツカミのほうがいいですかね?」 「知らんわ」 「それじゃあ……広々としていて、素敵な一軒家ですね!」 「……まあ、相手を褒めるのは悪くない導入だな」 「玄関だけでも、内装も凝ってらっしゃるのがわかります。敷地も広いし、いかにもお金持ってらっしゃいそうですね!」 「前言撤回。台無しすぎる」 「おかしいなあ、アイスブレイクに続き、ブリザードスパーキングも通用しないなんて」 「だから必殺技じゃないっつーの。そんな言葉ないっつーの。なんだよブリザードでスパーキングって、氷属性なのか雷属性なのかはっきりしろよ」 「うーん、じゃあ、ライトニングスパーキングのほうがよかったですかね?」 「ingが被っててカッコ悪い! だいたい、元の意味から考えて、活かすなら氷属性のほうだろ! そもそもお前が考えるべきなのは、技の名付け方じゃないよ!」 「おや、お客様、息が切れてますね」 「誰のせいだよ! ツッコミどころが多すぎるっつーの!」 「そこで、我が社の空気清浄機の出番です」 「やっと商品の話になったよ。別に待ち望んでいたわけじゃないけどな。そして繋がりも謎だけどな」 「うちの空気清浄機はですね、空気を物理的にきれいにするだけじゃなくて、精神的にもきれいにしてくれるんです!」 「めちゃくちゃ怪しいな。どういうことだよ」 「今、あなたが私を一方的に叩いているこの空気感も、きれいにしてくれるんです!」 「ツッコんでいるだけだろ! 俺のせいみたいに言ってるんじゃねえよ、お前のせいだっつーの!」 「こうして両者の主張が平行線をたどり、売買契約が暗礁に乗り上げそうな最悪の空気になっても、見事にさっぱりさせてくれます」 「だから平行線じゃなくって明らかにだな……まあいいや、もうツッコむのにも疲れたわ。そんなことができるもんなら、やってみせろよ」 「ではちょっと準備しまして……はい、スタンバイできました。それではこれから、空気を変えますからね」 「うん、全然期待してないけどな」 「では……スイッチ、オン!」 「なっ……な、なんだこの音! うるせえ! 止めろ!」 「はい」 「なんなんだよ! バカでかい騒音出しやがって! 何が空気清浄機だよ!」 「音が止まると静かですよね?」 「は?」 「不快だったあの瞬間を考えると、音が止まった今は、なんて爽やかなんだろう。そう思いませんか?」 「ああ、それで精神的にすっきり、きれいになるということか。なるほどね! 何の得にもならねえよ! もういいよ、買わないから、帰ってくれ」 「待ってください、とてもおトクなポイント制度についてもご説明させてください」 「別にいいよ、もう買わないんだから」 「いや、これが本当におトクなんですって。下手すると、商品よりもおススメな仕組みなんです」 「そんなこと言っちゃっていいのかよ」 「うちの商品を購入するとですね、なんと!『テーポイント』が貯まるんです!」 「テー……Tじゃなくて?」 「テーポイントです」 「いらないよ、そんな江戸っ子みたいなポイント」 「いやいや、このテーポイントがすごいんですって。普通、ポイントって、商品の金額の数パーセントくらいじゃないですか」 「まあ、そうだろうけど」 「何とこのテーポイント、代金百円ごとに、なんと、一万テーポイントも付与されるんです!」 「……やたらインフレしたポイントだな」 「一万円のご購入なら、なんと百万テーポイントに!」 「いや、騙されんぞ。いくらそのポイントの額面が増えたって、どう使えるかが大事だろ」 「それがですね。なんと、あの『デーポイント』と互換性がありまして」 「デー……Dじゃなくて?」 「デーポイントです」 「知らんし、なんでちょいちょい『ィ』が足らんの?」 「テーポイントは、百テーポイントごとに、百十デーポイントと交換できるんです。十パーセントもおまけが付いてくるんです。ほら、おトクですよね?」 「……で、そのデーポイントは、何に使えるの?」 「よくぞ聞いてくれました! 百万デーポイントまでこつこつ貯めると、なんと! 百五十万テーポイントと交換できるんです!」 「……」 「おトクでしょ?」 「いや……おかしくない?」 「気付きました? ここだけの話、このテーポイント……貯めるどころかどんどん増やせる仕組みになっているんです」 「……で、それ以外に交換できたりはしないの? 別の商品が買えるとか、何か景品と交換できるとか」 「何をおっしゃるんですか! より増えるデーポイントに、そして再びテーポイントを増やす。こんな確実に資産を増やす方法があるのに、他のものと交換してどうするんですか!」 「いや、だからさあ」 「私のお給料もありがたいことにテーポイントでもらっているので、もう今、どんどん増やしているところですよ」 「待て、今の発言で一気にお前がかわいそうに思えてきた」 「日頃から先輩に言われているんです。うちの素敵な商品を購入してもらい、さらに素晴らしいポイント制度を知ってもらって、みんなを幸せにしてこいよな……って」 「ある意味、お前も詐欺の被害者みたいなものなのな……まあ、自業自得だけど」 「さあ、ぜひ購入してください、この空気清浄機」 「『騒音発生装置』な。いや、買わないから。帰ってくれ」 「では失礼いたしました」 「いや帰んのかよ! 素直だな! 粘れよ!」 「粘ったほうがいいでしょうか」 「いやいいよ! うっかり言っちゃっただけだから! ……どういう飛び込み営業だよ、まったくもう。ああ疲れた、少し部屋で休憩するか……」 「……あれ?」 「家の中が、今の間に、すっかり荒されてる!」 「……よしよし、よくやったぞ、新入り。しっかり仕事を果たしてくれたじゃないか」 「先輩の教えてくれた通りにやっただけですよ、先輩のおかげです!」 「しっかり注意を惹きつけて、大きな音を出すタイミングもバッチリ。いい仕事だった」 「ありがとうございます! お役に立てて嬉しいです!」 「いい稼ぎになったし、しっかり働いてくれたご褒美だ。特別に、一億テーポイントをプレゼントしてやるよ」 「ええっ、本当ですか!? 先輩、ありがとうございます……」
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