いち

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いち

―ふと、足が止まる。  気がつけば、随分長い道を歩いてきた気がする。どんな道のりだったかはよく思い出せないけれども。ただ、頭の中に巡るのは『後悔』という名の恐怖だった。ずっと止め続けてきた思考が一気に回り出す。呼吸が浅くなるような感覚がした。視線を落とせば、汚れきってしまった手と、ボロボロの足、そしてもう形を成してない道だったモノがあった。 (わ、わたしは…、なんで、こんな、…と、ところに、…?な、なにを…し、していて、…。)  ダムの放流のように、思考が巡り、巡って、私の首を絞めていた。ナニカが頬を伝った。それが涙だとすぐには気づけなかった。 (た、たすけて…、こわい…、こわい…!!)  手足の震えが止まらず、ついには座り込んでしまった。もう二度と立てないのだと頭のどこかで理解した。きっと私はそれを望んでいた。物心ついた時から手を引かれ歩いてきた道でまだ1人で歩く術も知らぬままその手を離されてしまった時から。ずっと、ずっと、歩くのを辞めたかった。もう、苦しいのは嫌だったんだ。  いつのまにか、私は幼子のように蹲り泣きじゃくっていた。もう、進むのは疲れたのだと。戻る道も、逸れる横道もないのだと。  暗い微睡みが手招いた。他のどんな言葉よりも優しかった。涙の止まらないぐちゃぐちゃの顔を向け、手を伸ばした。たすけて、と。すでに、偽善の言葉に喜ぶフリをするのは疲れていた。言葉にできない感情を他人に理解してもらえることは容易ではなかった。故に必要以上に傷ついたのだ。  真っ暗なそこに手を伸ばす。歩いていく勇気など持ち合わせていないというのに、一心不乱に恋焦がれる。矛盾し、無様に生き続ける私をはやく飲み込んでくれと、救ってくれと。 ガシャン  伸ばした手には鎖がついていた。その鎖を辿るように視線を動かせば、アノヒトタチがその鎖をもって心配しているような顔をしていた。『シナナイデ』『ダイジョウブダヨ』『ミンナイッショダカラ』彼らはまるでそれが義務とでもいうように言い放った。  微睡みが遠のく気配がした。幼いころから繋がれ続けてきたその鎖を断ち切る力など、もう私には残っていなかった。 「ご、ごめ、ごめんなさいっ…」  分かっていた。ずっと、分かっていた。私自身に価値などないのだと。彼らの言葉に真実などないのだと。この心のスキマを埋めてくれるモノはこれから永遠に現れないのだと。この鎖をつむぎ続けてきたのは誰でもない、私自身だと。
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