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さん
―意識がだんだんと浮上する感覚がした。
目を開ける。最初に視界に入るのは、たくさんのおもちゃやぬいぐるみたち。まるで統一されていないたくさんの色で囲まれたそこをまるで子供部屋のようだとおもった。
少し離れたところで少女がしゃがんでいた。肩までの黒い髪を揺らしながら、クレヨンを片手に床に何かを描いているようだった。
彼女に近づけは、大きな画用紙の周りに色とりどりのクレヨンや色鉛筆、絵の具が散らばってるのがわかった。
「なにを、描いてるの?」
ふと口から零れた言葉に少女は少し手を止め、こちらを見るように顔をあげた。彼女の髪が遮り、顔は見えなかった。
「…んー…」
再び描き始めた少女は、手を動かしながら幼い声で言った。
「わかんない。なんだったけ…」
決して大きくはなかったのに、よく通る声だった。
画用紙を覗きこめば、彼女の描くそれがなにか形をなしているとは思えなかった。ただ、たくさんの色を散りばめているだけのような、そんな気がした。
「…そっか。」
続く言葉が出てこずに沈黙が流れる。少女はお構い無しに描き続けた。顔は見えなかったけど、楽しそうに思えた。
「…描くの、好き?」
「うん!」
今度は間をおかず、はっきりと言った。なんだか、羨ましいような、懐かしいような、変な感じがした。
「おねぇちゃんは、すきじゃないの?」
「……え、?」
可愛らしい声で少女が聞いた。
私は、答えられなかった。
「わたしね、赤とかー、青とかー、みどりもすき!いっぱい色あるのがすきなの!」
弾けるような、楽しそうな声で言った。まるで、新しく買ってもらったおもちゃを自慢するように。
「…でも、」
前かがみだった少女の姿勢がまっすぐになった。彼女の顔を覆っていた黒髪がさらりと後ろに流れていく。
「おねぇちゃんはまるで、しろくろのお写真みたいだね。」
息がつまる。
少女とはじめて目が合った。胸が、押しつぶされるように痛んだ。きらきらとした焦げ茶色の瞳が悲しそうに潤んだ。
まっすぐ立っていることすらも分からず、視界がグラグラと揺れる。
意識を手放す瞬間、消え入りそうな、あの幼い声が聞こえた気がした。
―「なんで、…忘れちゃったの…」
意識がまた、暗い海に沈んだ。
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