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よん
―気づくと、私はいつも神に祈っている。
昔から欲張りな子供であったと思い出した。兄が持つおもちゃが羨ましくて、妹が食べるおやつが美味しそうで、母にいつもあれがほしいこれがほしいと強請っていた。決して甘やかされて育った訳ではないが、優しい環境が私をそうしたのだろう。
「なんでママとパパは言うこと聞いてくれないのかな。私はこんなにおりこうさんなのに。」
「ねぇ、神様。欲しいものがいっぱい手に入る大人になりたい!」
むちゃくちゃな願いを安易に口にしていた。きっと、そんな私に神様は呆れたのだろう。自分のことしか見えていなかった夢見がちな少女は、周囲の視線や感情に少しだけ敏感になっていった。
〝ねぇ、わたしあれほしい!〟
「ママ、私も...」
〝ダメって言ってるでしょ?お姉ちゃんも我慢してるのよ。〟
(今欲しいっていったら、困らせちゃうな。)
〝あなたがしたんでしよ?ちゃんとごめんなさいって言いなさい。隠して誤魔化すのが1番ダメなのよ?〟
(わ、私じゃない…けど、先生怒ってる…あ、謝らなきゃ…)
「ご、ごめんなさい…」
いつのまにか、私は周囲に怯えるようになった。怒られたくない、責められたくない、その一心で過ごしていた。自分に向けられる視線がおそろしくて、人と視線を合わせることが出来なくなった時、周りは私を〝優しい人〟だと、〝おりこうさん〟だと評するようになった。私は〝いい子〟でいる以外の選択肢がもうすでにないのだと知った。
(神様…お願いします。もうなにも贅沢なことは望まないから。だから、少しだけでも、私らしく居られる時間をください。)
裕福な家ではなかったから、あまりおもちゃなんかを買い与えられることはなかった。また、両親は部活動に励む兄とわがまま盛りの末の妹を優先し構うので精一杯だったため、私はいつも1人で本を読んでいた。
(神様…私…お友達がほしい…。一緒に本を読んでくれるだけでいいの。1人は寂しい…。)
セーラー服が馴染んできた頃、私は学校というものが酷く恐ろしいものだと気づいた。いつも誰かの声が響く教室、背負わされる責任、慣れないコミュニケーション、着いていけない会話に惑う日々に疲弊していた。気づけば、行きたくない、と、久方ぶりのわがままを口にしていた。きっと、その言葉がずっと堪えていたものの鎖を解いてしまったのだろう。
(か、神様…!なんで…こんなに、苦しいの…?たすけて…!)
たくさんの人間の声、期待、言葉、優しさ、感情、視線、視線、視線、視線…。すべてが重くのしかかり、足を踏み出すことを許さなかった。あれだけたくさんの本を読んできたというのに、この感情を表す語彙を私は持っていなかった。気づけば、今日も1人でどうやって逝こうか考える毎日だった。
(神様…。もう、なにも要らない。なにも望まないから。だからお願い。私を救って…。)
「酷いわ、神様ったら。私のお願いなんにも聞いてくれやしないんだから。」
どれだけ時間が経とうとも、頭に浮かぶのはあの頃と同じもう行きたくないというわがままだった。私はなにも変われずにいるのだろう。今日も周りに怯えて生きている。ただ、少しだけ続けてみたいと思うものを見つけた。趣味と呼ぶにはあまりにもお子様めいたものだけれども、それだけでも少しは変われるだろうか。
「神様。私、変わってみるわ。私らしく生きられる私に変わってみる。だからどうか、見守っていて。」
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