「大江山敗兵録」

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ほぉーっ、このトラックの群体は境川の河口に向かうのですか?ああっ?東部方面隊と 中部方面の補給小隊の方々ですか!成程、成程、新聞で見ました。 何でも北海道の能登半島制圧を想定した日本全土を覆う大演習とかっ… 想定敵国はにっくきアカのソ連ですか?答えられない?すいません、そうですよね。貴方達は軍人、隊員などと言いますが、私から見れば日の丸を背負った立派な兵隊です。 その守秘義務の徹底さには感服致します。 例え、仕える主人が紛い物だとしてもね?いや、この穏やかな時代を30年あまり過ごさせてもらっている身分としては文句を言えますまい。 時間がありますか?少尉殿、ああっ、今は三尉(三等陸尉)と呼ぶのですね。失礼、失礼!昔の癖が抜けませんので、 ええっ、私も兵隊でした。投入されたのは、大戦末期の昭和19年から、昭和20年… ですが、負け戦ばかりではありません。えっ?良い指摘です。どうやら、随分と 賢い見識をお持ちのようだ。三尉殿は…確かに我が国は、あの当時、敗けていました。 そうです。私達もそうでした。ですが、少し違います。 わかりました。お話ししましょう。あれは、そう…物語は新京の関東軍本部から始まります。  「“茨木中尉(いばらきちゅうい)”不味いですよ。いくら、自分等の処遇がこれだって」 当時の私は40を迎えた辺りの新兵でした。上官である佐竹中尉はまだ、20代…歴戦の 勇士とは言えませんが、頭のキレる士官でした。 その年で徴兵されたのか?と言いますね。 ええっ、あの頃は子供も年寄りも投入されていましたから。 ただし、私達の場合は少し例外でした。私も中尉も囚人や政治犯と言った“非国民”… 国から不要と判断された連中が集まった懲罰部隊だったのです。 私の罪状は地主の一家を皆殺しにした事…元々は猟師の出でして、身内の娘が、その息子に、 徴兵検査を金でどうにかした、どうしようもない畜生に遊び半分に乱暴され、だけども身分の差から泣き寝入り…周りの仲間も見てみぬフリ… 生きて家に戻れた娘“また、やり直せばいい”少女が負った傷に関しては、我関せずの 不甲斐衆の集まり…全員殺してやりました。 邪魔する者も、逃げ出そうとする者も…全て…愛銃の村田を使ってね。当然、死刑を待つ身でしたが、お国の非常時、その射撃の腕を役立てろと、恩赦を餌に戦場に送られました。 茨木中尉が何をして、送られてきたのか、わかりません。とにかく、皆、スネに傷がある者ばかりでした。まぁ、中尉に関しては、何となく察しがつきましたね。これからお話しする行動を見れば、おのずとわかるかと思います… 私の制止に、中尉は嫌な笑顔で返します。 「何を言う“石くま”(私は熊撃ちを生業としていましたので、そう呼ばれていました) 我等は大日本帝国関東軍御大様が市民を盾に、 ソ連軍から逃げ出そうとする愚行の言い訳に、ここに無理やり配備された囮部隊ぞ? 連中にとられる前に金品など金目のモノを管理しておくのが、最善の策と言えようが」 「そんな事ばっかり推奨してるから、皆逃げちまって、ここに残ってるのは自分と中尉、それに“星野(ほしの)”と“虎崎航空兵(とらさきこうくうへい)”だけですよ。 ああ、後は“軍曹(ぐんそう)”が残ってましたな。別隊の…」 「5人で充分だ。5人ならな。後は積めるだけ、お宝積んで、虎崎の飛行機で撤退、完璧な作戦だ」 「飛行機って、甲式4型戦闘機の事言ってんですか?あんなの、パイロットの後ろに無理に乗せても3人が限界、両翼に1人ずつ…いや、そもそも、そんな重いモノを持って、まさか中尉っ!?」 言葉終わりに、新たな愛銃の38式小銃を中尉のこめかみに突き付けました。 彼の嫌な笑いは続いています。 「察しがいいな。石くま!飛行機に乗れる人数は限られている。この意味をわかってしもうたか?」 「仲間だと!戦友(なかま)だと思っていたのに…」 「クックク、石くま!昔から言うだろ?金の切れ目が縁の切れ目…いや、少し違うな。何だっけなぁっ、虎崎!」 「いや、中尉、何か騒がしいから星野と来ましたけど、甲式の燃料僅かッスよ?そんな金品とか、本隊連中がお荷物にと残してきた弾薬は積めませんよ。当然の如く」 「ええっ!?クソォッ、事前打ち合わせは大事なぁっ、やっぱ…てか、積載過多って、 マジぃ、オイッ、星野!弾薬はいいって言ったろ!?」 「弾は大事です。中尉!南方では偉い目に遭いましたからね。自分はっ!」 「お前の戦争体験&経験はどうでもいいんだよ。とにかく、弾は減らして、後は金色の仏像どうしようかな…あんま、いらないか?なぁ、どう思う?」 「中尉!話は終わってませんよ!とにかくここはキチンと任務を果たして!生きて国に還れば、恩赦もありますって」 「甘いな!石くま、俺は軍隊と言うモノをよく知っている。そんなに簡単にアイツ等が 約束を守るとでも?そんな不確かな約束より、確実なのは、ここに集めた宝の山だ。これを元に、一緒にやりなおさないか?新たな地で」 「さっき、人数間引く宣言した奴を誰が信じますか?いい加減にしなさい。さぁ、配置について、任務を続行!じゃないと、風穴が確実に空きます。貴方のおでこの真ん中に」 「おのれぇっ、目をかけてやったのにぃ、この田舎猟師がぁっ!」 「田舎を馬鹿にするなよ!中尉の馬鹿!クソッタレぇ」 「どうでもいいけど、燃料あまりねーぞ?」 「それより、残った弾薬と武器の話をしましょう。現在の手持ちは小銃20丁に、機関銃1丁、手榴弾…」 「おい、囮部隊の馬鹿共、ヤバいぞ!ソ連の砲撃がっ!?」 4人の乱痴気を制するように飛び込んできた軍曹のドラ声が響き、それより大きな重音が直撃し、私の視界はそこで一旦、途絶えました…  次に目を開けた時、私がいたのはどこかの河原でした。一瞬、賽の河原かと思いましたが、 それにしては、辺りは腐臭が立ち込め、人骨や溶けた赤黒い肉片のようなモノが散らばり、戦場と変わらない景色が広がっています。 「俺達、死にました?」 いつの間にか星野が横に並んでいました。物資の鬼である、彼の後ろには持ち出してきた 弾薬箱と数丁の銃器が並んでいます。 「死んでる訳がねぇだろうが、ちゃんと土の味もするし、鼻も利く。 そうじゃなかったら、この金品とお宝は使えなくなんだろうがっ」 叫び、周囲を睥睨しながら、歩き回るのは茨木中尉、 生前(この時はまだ、自分達の状況がよく掴めてませんでした)と 変わらず、元気な様子に、少し安心しました。 「向こうでは昼餉の時刻、それが今は夕刻…こんなに長い間、意識が昏倒した割には、 外的損傷も無し、体も至って健康…つまるところ、これは…」 目元2本の切り傷が印象的な軍曹も無事のようで、何かを呟いています。彼は少し笑い、敵から鹵獲したソ連製短機関銃を肩から下ろすと、我々にも聞こえるくらいの大声で叫びました。 「向こうは駄目だったが、ここではやりなおす、そういうこったな」 “何をっ…?” と尋ねる間はありませんでした。馬の嘶きが複数響き渡り、視界の悪い、靄が掛かったような河原を、こちらに走ってくる複数の裸足の足音が迫ってきたのです。 「来るぞ!」 軍曹の声に、即座に38式小銃を向けました。状況はサッパリわかりません。ですが、戦うために訓練された体が本能的に動いたのです。 見れば、星野も中尉も同じ動きをしていました。少し違ったのは、星野が私と同じ38式を持ったのに対し、中尉は将校用のブローニング1907自動拳銃を構えていた事でした。 「発砲は待て!状況を見定めてからだ」 中尉の指示が終わらない内に、垢で汚れ、ほぼ破れたボロを纏った子供や女達が走ってきました。全員が共通しているのは、顔中泥だらけで、目だけは異様にギラついてる事です。 死から必死に逃げる、私達が戦場で何度も見た目と似ていました。 「追われているな。相手は誰?」 星野の呟きに答えるように、正体はすぐにわかりました。烏帽子を被り、馬から弓矢を向けている数人の男達、いつの間にか晴れた河原の土手には牛の曳く馬車があり、馬上の覆いを上げた中から、顔を白く塗った男と女が見ています。 そして、ああ、この光景はいつ思い出しても、憤りが抑えきれません。牛の隣には目隠しをされた裸の女達が四つん這いで並べられていました。 彼女達の首と腹には縄が巻かれ、それらは馬車に繋がっています。加えて、その臀部には赤い線傷がいくつも走り… 猟師出身の下級民である私には、すぐに察せられました。 (上流者階級、貴族?バカなあり得ない。そもそも、これは何だ?まるで、まるで) 「かつての王朝社会の絶頂期…都では朝廷に仕える貴族達は贅を尽くした暮らしをし、 それ以外の民は家畜、畜生以下の貧困と奴隷の責め苦を強いられていた。 一説の記録によれば、貴族の屋敷で不始末を犯した下女達は人間牛に見立てられ、京の都を 引き廻されたと言う。 これも、その一つ、人を動物のように追い立て、射かけ、逃げ惑う様を楽しむ、貴族の 趣向の一つ…今もそんなに変わらないか? だが、どんな世界にも反抗のシンボル、象徴的存在が立ち上がる。俺の考えが正しければ、その存在は…」 今、思い出しても、軍曹の独り言は本当に声が大きいです。ですが、その時はそれに負けないくらいの可愛い咆哮が河原に響いたのを、昨日のように、よく覚えています。 「人が人を狩る馬鹿げた所業の数々!情けなきは鬼より人間!ワレが成敗いたす!者共、 出会え!!」 威勢のいい口上と共に、鉄杖を掲げ、かむろ髪(四方髪)を振り乱した、格子模様の着物と、紅のはかまを身に着けた少女が毬のように、跳ね回り、追われる人々と馬の一行の間に立ちました。 目の前で起きている光景に対応できない私達の横を先頭の少女と同じような出で立ちの娘達が駆け抜けます。 全員に共通しているのは、ああ、これもまた、当時は非常に驚いたモノでした。 頭から2本の角が突き出している事です。これが、私達と“酒呑童女(しゅてんどうじょ)”の一行の出会いでした…  「オイッ、状況が全く見えんが、とりあえず言える事は、今、矢を射かけてる烏帽子共と戦ってる娘っ子達の頭には角が生えていて、連中と、いつの間にか俺達の背後及び周囲に纏わりついてる反吐くせえガキ共の恰好から察するに、俺達は1945年の満州から 10十何年の鎌倉?平安時代にタイムスリップでもしたって事か?」 「恐らく平安…だが、少し違う。しかし、金と権力だけに欲張りだった中尉殿がタイムスリップと言う言葉を知ってるとは?敵性文学であるウェルズを読んだか?」 「日本のウィアード・テールズ“少年少女譚海”に似たような話があったんでな。軍曹! 満州航空に勤めてる長井が貸してくれたよ。しかし、軍曹、先程言った少し違うとは…?」 「例え、どんなに時代が古くても、鬼なんてものはいない。ここは少し俺達の住んでる日本とは違う。過去とか現代とか、そーゆう意味じゃなくて、つまりは…」 「異世界、異なる世界と言いたいのか?」 正直、下級の出にはよくわからない会話が繰り返されていますが、私としては、ここは何処なのか?自分達は元の負け戦で空襲蹂躙されまくりの現代日本に帰れるのか?とそういう事はどうでもよかったんです。 ただ、目の前で、私と同じか、それ以下の民達を守る鬼の少女達、鬼娘と言いましょうか? 彼女達を助けねばと言う気持ちが沸き起こっていました。 私の悪い癖です。地主一家と郎党共を始末した時を思い出していました。もしかしたら、まだ年若い少女達の姿が、いや、角は生えていましたし、妖なら、私よりも年上かもしれませんが、身内の娘と重なったのかもしれません。 気が付けば、38式のボルトを引き、薬室に放り込んでいました。 「石くまさん、撃ちますか?中尉の命令は出ていませんよ。それに…」 「歴史も鬼もよく知らん。だが、すべき事はわかる」 星野の言葉を冷静に受け止め、返事を返しました。その時、既に、頭の中では同じ言葉が 反芻しています。 “我、鬼に加勢し、再び修羅に帰属せし所存也” かむろ髪の少女が鉄杖を落とし、馬の男が腰から刀を抜いた時、全てが決まりました。 38式の銃口を向け、一発を烏帽子に叩き込みます。後は体が自動的に動きました。 ボルトを引き、排莢を放り出し、次弾を装填、瞬く間に5発を撃ち切る頃には、河原に5つの烏帽子が転がっています。 少女達がこちらを見ます。彼女達、いや、河原にいる私達以外の全てが、雷の鳴る音を5回 聞いた事でしょう。馬車の御仁達は馬と牛を置き、当に逃げていました。 後は馬に乗った残りの数十人達です。 「石くま、命令無視とは…これいかに…まぁ、この世界のブルジョワ共からふんだくるのも悪くねぇか?」 「中尉、弾は無駄にせんでくださいよ?そんなにないんですから」 中尉の威勢の良い声と共に99式機関銃の連続射撃が馬の男達を瞬く間に死体に変えていきます。星野は横で換えの弾倉と中尉の拳銃を器用に撃っています。 「鬼っ子達、伏せていろ!弾に当たらんようにな」 軍曹が怒鳴り、短機関銃を盛大にばら撒く後方から、懐かしの駆動音が響き、それで全てが決まりました。 「空からみたけーどー、ここ、どこっすかー?」 間延びした声と共に、虎崎の甲式戦闘機が河原に飛び出し、決着はつきました。初めて聞く音に馬も人も逃げだしていきます。 逃げなかったのは、鬼娘達、その先頭から進んでくる、かむろ髪の少女がニカッと 八重歯を見せ、人懐こい笑顔を浮かべながら、私に飛びつき、眼前で笑い声をあげました。 「カァッカッカカ、愉快、愉快、ワレは酒呑童女、ぬし等も鬼か?」…  「すると、お主達は“ときの彼方”と言う頃から参ったと申すか?」 酒呑童女達と行動を共にする、いえ、これは私が招いた結果ですが、事になった私達は、 彼女達のアジトでもある大江山の、鬼の岩屋に招かれました。 険しい山々でしたが、甲式戦闘機の着陸できるスペースもありましたし、弾薬等の物資も運び込む事もできました(鬼娘達が甲斐甲斐しく、荷物を運ぶと言ってくれているのに、何故か軍曹だけは自身の背嚢を持つと言って聞きませんでした) 岩屋とは名ばかりで、鉄の門を構えた要塞のようなお屋敷でした。 中には、彼女達が攫ってきた貴族の娘達が下女として使役されていました。 少し驚いたのは夕餉に出された食事が焼肉やブドウを発酵させたワインのようなモノだった事です。 山の中で採れるモノだから、肉料理は仕方ないと思いますが、ワインを作るなどの技術から思えば、彼女達の起源は西洋にあったのかもしれません。 もっとも、貴族の少女達は、それらの食物を人肉と血の酒と言って、恐れていました。 いやはや、無知とは恐ろしいモノです。 説明が長くなりました。話を戻しましょう。 「正直“うん、そうです”と素直に言えない部分もあるが、大まかな所はそういう事だ」 「何故、ワレ等を助けた?」 挑戦的な口調で酒呑童女が尋ねます。だいぶ杯を重ねて赤ら顔ですが、口調はしっかりとしています。やはり、こーゆう様子から察するに、見た目は幼い少女でも、 私達より年上であり、鬼と呼ばれる妖なのかもしれません。 「俺達の世界もここと状況が変わらん。金のある者が贅を尽くし、貧しき者達はひたすら搾取され、責めに耐えておる。この時代にいつまでいるのか知らんが、その間だけでも、我等の神通力を込めた、鉄の棒と鳥を用い、民を救いたいと思ったまでの事、貴様等に加勢したのは、たまたま目的が重なった。ただ、それだけの事だ」 中尉の弁は、こう言った場面で、本当に役に立ちます。目を細め、猫のように喉を鳴らした童子の様子から、それがわかりました。彼女は舞うように、 “そうか、そうか、これは愉快、真に愉快” と唄い、私達の前で踊り回った後、前触れなく、自身の懐に転がりこんできますと、妖艶な流し目と甘いささやき声で目と耳を刺激します。 「ぬしの鉄棒には、本当に助けられた。どうやったら、あの雷を鳴らしてくれるのじゃ?こうか、ここをさすればええんか?それとも、ぬし本体を弄れば、鳴らせるのか?」 などと可愛く囀り、肩に吊るした38式に手を伸ばします。私も油断していました。 彼女の指がいつの間にか引き金に触れているとは… 突如、耳元で銃声が響き、発射された弾丸は天井に突き刺さりました。私の耳は破れる寸前でしたが、驚いた童女が瞳を大きく、涙で潤ませたのを見て、痛みが吹き飛びました。 「すまん、すまんぞぉっ、ぬし!大丈夫か?勘弁してくれりょ、勘弁じゃぞ」 泣きじゃくり、鼻水で私の軍服を濡らす少女をどうして叱る事ができましょう? 断じて否です。 「大丈夫であります。童女様、使い方をお教えしましょう。これがあれば、都の武士共は 怖くはありません」 私の声に、パッと花が咲いたように、童女の顔が明るくなり、 再び、懐に深く飛びついてきました。 「真か?真か?ぬし?ありがとう、ありがとうの!」 喜ぶ童女と私を余所に、茨木中尉達は早速、計画を練り出していたようです…  中尉と軍曹が考えたのは都を攻め落とす事ではなく、ある程度、こちらの力を見せつけ、 大江山に独立国を作る事でした。弾薬も戦闘機の燃料も僅かです。 やがては尽きる時が来ます。技術将校や学者がいない私達では、重油や鉄の製造はできません。 今では当たり前に広められている山本五十六司令官の考えた短期決戦の様相、それと酒呑童女達が盛んに繰り返していた“姫攫い”が結びつきました。 どうも、この鬼娘達は、同性である姫達に情愛を感じていたらしく、下女を担わせる以外にも、舞を躍らせたり、添い寝等の使役を強いていました。 現に、私達の軍議の最中も、必ず姫の1人を側に引き寄せ、酌をさせたり、姫の袖の中に手を突っ込み、頬を染める彼女達の反応を楽しんでいたようです。 中尉達の考えとしては朝廷の主要人物の娘を攫い、身代金(これは中尉の最重要課題だったようです)と大江山の独立支配を認めさせると言うモノでした。 勿論、そう言った高貴な人物の警備は固いでしょうが、私達の武力があれば、難なく事を成せる確信がありました。それが燃料無しの甲式戦闘機の最後の仕事でした。 作戦当日、拳銃と手榴弾で武装した茨木中尉が都に潜入し、目標である姫の屋敷を偵察、 携帯無線で虎崎の乗る戦闘機で姫を攫う手筈が整いました。 この計画は上手く行きました。都のあちこちに攪乱用の手榴弾をばら蒔き、帰還した戦闘機から下ろされた、きらびやかな花模様の姫君に鬼娘達と私達は喝采の声を上げます。 ただ、軍曹だけが、不安の顔をしていました。 彼の杞憂は二つ、攫った姫の父親は“池山の中納言(いけやまのちゅうなごん)”と言う、都の大物、これは、まだ良いとの事でしたが、問題だったのは、中尉が偵察中に合った “綱吉(つなよし)”と名乗る武者に襲われました。 何とか、これを退けた中尉でしたが、綱吉と言う男は凄まじいまでの怪力を見せ、中尉の拳銃を握り潰したとの事です。 「名前は微妙に違うが、酒呑童子の言い伝え通りに事が進んでいる、このままだと…」 後日、軍曹はその懸案事項を私達に伝えました…  「俺以外、貴様等の名前は全て酒呑童子の話に出てくる部下と一致する。それと攫ってきた姫君の素性、中尉が交戦した綱吉も、全て言い伝え通りだ」 暗い表情で語る軍曹の話は無知の我々にも否応にも把握する事ができました。 「このまま、言い伝え通りにいけば、源頼光(みなもとのよりみつ)と言う人物が 姫君達を救いに、4人の武士を従え、討伐にくる。彼等は鬼退治用の酒を山の神々からもらい、それを童子に飲ませ、大いに酔わせ…ここから先は言わなくてもわかるな? よくある鬼退治の終わりと同じ。だが、間違いなく、そうゆう結果になる。 思えば、俺達がここに来た目的は歴史の修正、または補填を担うものなのかもしれない…」 「修正?…」 「その通りだ。中尉、この異世界、元いた世界と異なる世界で、なにかしらの綻びが生じるとしよう。歴史と言うか、神々?とにかくそう言った大いなる存在は、その流れを正すためにごく似通った世界から、適任の役を呼んでくる。それが俺達だ。平安の世にはない、銃器や爆弾、戦闘機を用いる人外の存在…酒呑童子達の部下」 「童子ではありませんよ。軍曹!童女です」 「大した違いではないよ。石くま」 「そ、その役目を終えたら、自分達はどうなるんです?ねえ?虎崎さん」 「星野ぉ~、そこは言わなくても察しろよ」 「死にたくないっすよ…中尉」 「わかってる。俺達は生きてる。異世界の神だか、歴史の言い伝え通りにはさせん。戦闘計画を見直す。軍曹、貴様の記憶から、奴等がここに来るまでの日数を割り出せ」 「了解、タフだなうちの指揮官は」 「フッ、まだ、使いきれないお宝があるんでな。」 戦いの準備が始まりました。 私も自身の武器を点検しようと、武器のある倉庫に向かいます。しかし、先客がいました。 「ぬし、戦いがはじまるのかぇ?」 童女が不安そうな顔を向けてきます。 「‥‥ええっ…」 「そうか、カカッ、少し暴れすぎたかの。よーし、姫共を裸に剥いて、今日は朝まで前祝いといこ…」 「童女様…」 私の声に、から元気の鬼娘様はションボリしてしまいました。 「…はじめはの、ワシ等と同じように困ってる者達を助けてやろうと、権力を持ってる奴等の鼻を明かしてやろうとしたんじゃ。じゃが…」 「童女様…」 「…ん?」 「自分の故郷、ときの彼方では、自分達はやはり、大きな力に敗けました。いわば、貴方達と同じです」 「そうか…」 「ですが、戦の敗兵とは言え、貴方も自分も諦めてはいません。向こうでは敗けました。だが、ここでは勝ちましょう!必ずであります」 中尉程の弁は立ちませんが、言いたい事を終えた私は童女に敬礼します。その仕草を見た童女は少し笑い、拙い仕草で敬礼のような仕草で応えてくれました…  山伏の恰好をした軍勢に、私達は機関銃と手榴弾の応酬で応えました。言い伝え通りになっている流れを変えようとした結果です。鉄の門を繰り抜いた銃眼から、私や童女、鬼娘達も38式小銃を突き出し、都の兵士達を討ち取っていきます。 銃弾と弓矢では、我々の勝ちは当然と言えましたが、そうはならなかったのは…鉄門をひしゃげさせる程の怪力で突進してきた綱吉と頼光(ここでは“頼朝(よりとも)”と名乗っていました)が率いる武士の一団がいたからです。 「あ奴等もワレ等と同じ、鬼の者か?」 隣で目を丸くする童女に納得です。頼朝は光る剣を抜き、綱吉と残りの3人は金属、銀色の装甲に身を固めていました。 「敵も別の世界から来た漂流者かっ!?」 軍曹の言葉で、全ての説明がつきました。世界の神?大きな力が再びの修正を加えたのです。 銃で身を固めた日本軍を倒せる更に、上の連中を何処からか呼び出し、私達を討伐する事で、世界の調和を保とうと言うのでしょう。 もしかしたら、童女達も、この世界の酒呑童子と言う役割を担うために、別の世界から連れてこられたのかもしれません。全ては想像ですが… 戦いの中で、仲間にも犠牲が出始めました。 機関銃を持った星野は、弾の交換中に、頼朝に切り裂かれました。切り裂かれたと言うより、 光の剣に触れた瞬間に鉄の銃器ごと蒸発した感じです。何かはわかりませんが、恐ろしい熱量を有しているようです。 私達の時代ではかんがえられなかった代物…やはり別世界の兵士達と言う事でしょうか? 「ぬし、あの5人にじゅうは効かん。どうする?」 「童女様、鬼娘の皆さんも、弾丸を肌が見える所に集中して下さい」 私の指示に呼応した鬼娘達が銃弾を集中させます。被弾した装甲武者の動きが鈍くなります。 一瞬の勝機を感じた瞬間に、虎崎が都の武者達の槍に討ち取られました。それを見て、激昂した中尉が手持ちの手榴弾を全て投げ、爆発と共に、軍刀を抜いて綱吉達に切り掛かりました。 あれほど、強欲だった中尉としては信じられない動きでした。金に執着するのは仮の姿、本当は部下想いの優しい人だったのでしょう。 爆炎と血飛沫の中で、綱吉の怪力が中尉を圧し潰した時、軍曹が短機関銃の残弾を全て叩き込み、私達に後退を命じました…  「いいか、石くま、残ったのは俺達だけだ。このまま行けば、筋書き通りになる」 “だが、そうはさせん” と軍曹は目を血走らせ、この世界に来てから一度も離さなかった背嚢の中身を見せました。 「広島と長崎に落とされた新型爆弾、覚えているか?ウラン235、これが生成元だ」 「どうして、こんなモノを?」 「俺の所属は陸軍中野学校(旧日本のスパイ組織)の特別部隊だ。これは連合軍の爆弾の 試作品、本国に持ち帰る予定の所で、貴様等と、ここに飛ばされた。 奴等の着ている鎧は、どうも金属と電磁波を用いての物だと思う。この爆弾の威力は 新型には及ぼないが、炸裂の再に強力な閃光を出す。その影響で、アイツ等の鎧を一時的に無効化できる。実験と報告通りならな。 その瞬間に、貴様が5人を撃て。38の装弾は5発、出来るな? これで俺達の勝利だ。勿論、鬼娘と姫様達を退避させてな。 俺達は…爆発に巻き込まれるかもしれんが…」 「やりましょう!元々片足は棺桶に突っ込み道中の身、悔いは無し」 こちらの即答に軍曹は強く頷き、準備を始めます。私も小銃に5発弾帯の弾丸を込めると、 童女に振り向きます。 「童女様…」 「嫌じゃ…」 「ええっ、即答?(どうやら、私達の話を聞いてしまわれたようです)…?少し早いですよ、反応…」 「嫌じゃ、嫌じゃ!せっかくぬし達と…角の生えてない鬼達と仲間になれたのに…ここで 別れなんて、そうじゃ、逃げよう。姫君を皆返して、謝れば、それでぬし達と一緒に暮らす」 ここに来て、見た目相応の駄々と稚拙な考えを披露し、必死で私達を止めようとする 童女様が愛おしい。赤く染める頬、彼女こそ、言い伝え通りの酒呑童子、いえ、童女の役目を果たしていると言っていいでしょう。しかし、時間はありません。 尚も喚き取り縋る童女を、私はゆっくりと名残惜しむように力を込めて抱きしめました。 「いけません。童女様、ここで躊躇われては…皆の死が無駄になってしまう。 貴方達は生きなければいけません。生きて、この世界に不穏をもたらす者達に鉄槌を、 貧しき、苦しむ民達の希望を演じなければいけません」 「……」 私の言葉に何も言わず、頭の角をこすり付ける童女様です。このまま話したくない気持ちをどうにか抑え、言葉を続けました。 「それに…」 「‥‥それに?(少し顔を上げ、こちらを見る童女様の顔がこれまた可愛らしい)」 「娘に似てるんです。貴方様は…内縁の妻との間に出来た子ですがね?だから、守らせて下さい、私からのお願いです」 これ以上の言葉はありませんでしたが、幸い、彼女は頷いてくれました。その直後です。 童女様の体に、光る鎖が巻き付いたのは… 「酒吞童女、討ち取ったりー!!」 恐らく頼朝の上げた声に、軍曹の怒号が重なりました。そのまま、彼の体が光に包まれ、私は鎖から解放された童女を抱え、38式を5発、しっかりと頼朝の一団の頭に撃ち込みました。 ボルトアクションの38式をどうやって撃てたか?童女様が隣でボルトを引いてくれたからです。 爆発が全身を包む瞬間、私は童女を後方の鬼娘達に投げました。こちらに両手を広げ、 何かを言いながら、それでも笑顔を見せてくれた彼女の表情はとても美しかった。 童女の口の動きが表した“あ・り・が・と・う”も含めてね? 後は、ただ、眩しいばかりの光が私を包み、気が付けば、満州の、現代の世界に帰っていたのです。私だけが生き残りました…  それからの話は多くの復員兵と同じです。今更、語るほどの事もありません。長い与太話を聞いて頂き、ありがとうございました。 信じるも信じないも三尉殿の自由です。ただ、何か大きな意思の力が、この世界、いえ、別の世界をも含め、覚えていてほしいのです。 我々が決めるのではありません。必要だから呼ばれるのです。これだけは言えます… ‥‥そろそろ、出発のようですね。部下の方がこっちを見ていますよ。いやいや、お礼を言うのはこちらです。そうだ。これ程、お話しを聞いて頂いたのに、貴方の名前を聞いていませんでした。 伊庭…“伊庭義明三大尉(いばよしあきさんい)”ですか…そうですか、立派な名前だ。 どうかくれぐれも道中お気をつけて…(終)
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