その店

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旅をするものは行く先を尋ねる時、決まってこの質問をする。 「いくつ先まで行くの?」 いくつ扉を隔てた向こうの世界へ行くの? いくつ扉を通って旅をするの? この世界は「扉」という存在によって区切られた、小さな世界の集合体である。 だからこそ大人たちは子どもに言い聞かせる。街の外へ出てはいけない。森へ行ってはいけない。そこは、自分たちの住む世界とは別の世界なのである。そこでは、自分たちの持つ常識が覆される。 人の作る法というものは、人が暮らすために定めた基準なのである。これをしてはいけない。これをしなくてはいけない。それらは幼年期の教育という期間に植え付けられた常識を前提としている。 常識が異なれば、当然法など意味を持たなくなる。 世界の数だけ常識がある。人の数だけ常識がある。 「あなたとは解り合えませんね」 ある庭師はそう言って、早々に人を理解することをやめてしまう。なぜなら、彼女は森に生きる吸血鬼だからだ。 どんなに似ていても、どんなに近くにいても、彼女たちとは理解し合えない部分がある。だってあなたは×××だから。だって私は××だから。私とあなたは違うから。 それでいいのだろう。そう在るべきなのだろう。 しかし、それは拒絶ではない。自分以外を、時に自分自身を否定し排除することには「此処」で生きる意味がない。 あなたは、知らないことを知りたいから此処を覗いたのだろう? あなたは、見たことのないものを見たいから此処に来たのだろう? ならば、どうか否定しないでほしい。 部屋の中に閉じ籠って鍵をかけ、イスに座っているだけでもいい。ただ、あなたのその目で窓から外を見てもらいたい。あなたのその耳で音を聴いてもらいたい。風を感じ、何かを思ってもらいたい。 此処にあるものたちを受け入れなくてもいい。理解しなくてもいい。 あなたは扉を開いてそこから出る必要はないのだ。 あなたは私たちのカミサマという読者なのだから、ただ、ページを開いてくれるだけでいい。 あとはこの物語の中に生きる私たちが世界を動かそう! どうか。どうか! この結末とその行く末が、あなたに届きますように。 ある時、誰かは言った。 『王都・フロンティア ガーデン』 王のいない都へようこそ ここは可能性と未来を開拓する 冒険者の街 あちらに見えるが大図書館 世界に唯一の図書館です あちらに見えるが国役所 冒険の手続きはあちらでどうぞ 今日も賑やか市場と公園 市場ではなんでも揃います 公園では楽しい出会いがあるかもね あちらに見えるが初心学校 冒険者になりたくてもならなくても 誰でも始めはあそこから その隣に見えるが冒険学校 もしも冒険者を目指すのならば あそこへ通っておきなさい 誰もが通る通過点 選択肢は全ての命に対して平等に 選ぶか避けるかはあなた次第 王都はあなたを歓迎しよう 良い道を選びなさい 勇者よ、勇気をここに掲げよ 戦士よ、雄々しく立ち向かえ 騎士よ、意志をその背で示すのだ 医師よ、命を癒し助けるのだ コックよ、命を貰い潤すのだ パティシエよ、夢を与え育てるのだ あなたが選んだその道は いつの日かきっと実を結び あなただけの名前を与えるだろう おそれるな! 進め! あなたは誇れる冒険者 もしもあなたが誇らなくても 我らが代わりに誇ろうぞ! どんな道を選んでも 後悔だけは決してするな 我らはあなたを見捨てない ここは冒険者が集う通過点 力と魔法を育みながら 出会いをゆるりと待つがいい 門はひらいた ここは王都 フロンティア ガーデン 主のいない庭 Frontier Garden 一つの扉をひらいた場所に、その街はある。誰もが通過する途中の街。森のように育った王のいない都。 誰しもが始めの一歩を其処から踏み出し、ある人は再び其所へ戻ってくる。何処へでも行け、何処からでも来れる。それがその街である。 途中にある街のため、もちろん様々なものが行き交う。者であったり、物であったり、物語であったり、人や獣ならざるモノであったり。そんな場所だからこそ厳しいルールが敷かれ、穴抜けの部分が落とし穴のように開けられる。 何をしてもいいが、何をされてもいい。因果応報である。 其処は、全てを受け入れる庭のような街なのだ。 そんな街の中に、「寄り道」と名付けられた店はある。
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