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瞼を開くとそこは舟の上だった。 またここに来た。 空は暗く、月は雲に隠れ見ることはできない。 どこまで続くのは分からないこの川の両側は、低い崖に挟まれている。 ただそれだけ。 草木も何もない。 だけど”彼ら”だけがそこに存在している。 後ろを振り向けば櫓で舟を漕ぐ異形の存在。 鬼だ。それも小さい鬼。 だけど不思議と恐怖はない。まぁ出会うのも今回が初ではなく……何回目になるだろうか。 この鬼は見た目は厳ついがすごく大人しく、今まで一度も声を聞いたことがないし話し掛けても答えることはない。 私は彼以外の鬼を未だ見たことがない。 私がなぜこの舟に乗り川を下っているのか上っているのか分からない状況に至っているのか、それについても分かったことは一度もない。 いつもこの舟に揺られているだけなのだ。 そして気がついたら私は自分の部屋で目を覚める。その繰り返しである。 だけど今回はいつもと違うようだ。 目の前には視界を覆うような洞窟。もともと暗かった視界はさらに暗くなり、いつもとは違う不安に駆られる。 どれくらい時間がったのか、どれくらいの距離を進んだのか何も分からない。 暗闇の中突如赤みがかった光が視界を覆った。 私は咄嗟に手で光を遮り目を慣らす。 どうやら川の両側の崖に備え付けられた松明に火が灯されたようだった。 少しずつ通り過ぎていく一本一本の松明に目を向けているとその傍らに彼以外の鬼の姿があった。 初めて見る彼以外の鬼の存在に少し興奮気味な私は、崖の上にいる様々な容姿の鬼たちを眺めた。 彼と同じ一本角や二本、三本も角を持つ鬼もいる。喜び、泣き、怒り、哀しむ表情豊かな鬼。また中には物を持つ鬼など本当に様々である。 行動もバラバラな中、唯一共通していること。それはどの鬼も皆、私を見ていること。 いつもは感じない視線にどこか居心地が悪くなってしまった。彼等からの視線から逃げたくても逃げられない。少しずつ恐怖に呑まれていく。 そんな中ふと鼓膜を震わせる何か。俯いていた顔を上げ、辺りを見渡すと少し行った先の崖の上で弦楽器を奏でる鬼がいた。この場の雰囲気に合わず美しい音色に不安だった気持ちが少しだけ軽くなった気がした。 私は目を瞑り、その音色に集中する。 近付くになるにつれすこしずつ大きくなる音色に気分も上がってきた。 途端、 響く弾けるような音と共に辺りが静寂に満ちた。 閉じていた瞼を開き、奏でていた鬼の方向に目を向けると、彼の持っていた弦楽器の弦が切れたようだった。 弦楽器の彼が呆然としている中、彼の周りにいた鬼たちはどこか落ち着かない様子を見せたあと一斉に崖の奥へと身を隠してしまった。 何が起こったのか分からない私は、何もすることもできずにいた。 そしてこの状況の中でも櫓を漕ぐ彼は何も感じていないのかように平然としていた。 鬼たちが現れる前と同じ静けさの中、弦楽器の彼はいまだ動かない。 私たちの乗る舟は止まることなく進み続け、次第に見えなくなっていく。 それと同じくして、私の視界(いしき)も暗闇に呑まれ瞼を閉じた。
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