触れない優しさ

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「何?…誰、この人」 驚いたと思う。 居合わせたお客さんだと思ってた人が、急に声をかけたんだから。 「…」 秋吉さんが、高山さんが誰かなんて教えたくなかった。 この場所は、私にとってとても大切な場所だから。 「なあ、唯この人何なの?」 「…この人が誰で…私とどんな関係があるか、浩史君に言わなきゃいけないの?」 付き合っている時、一度もこんな顔で彼を見た事なかったと思う。 別れ話の時でさえ、私は取り乱せなかった。 「唯ちゃん、温かいものいれようか?ゆっくりしていくでしょ?」 ふわりと、高山さんの声が耳に流れ混んで。 萎んで固くなっていた胸に、空気が入り込んだ。 顔を向けると、高山さんが微笑んでいて。 「ホットミルク…」 「うん、じゃあ唯ちゃんスペシャル作るよ」 浩史君が居ないみたいに、高山さんは私しか見ていなくて。 「…あ、そ…じゃあ俺行くわ…唯、頑張ったほうがいいよ?…まぁ、余計なお世話だろうけど」 浩史君は、興醒めした顔をして背中を向けた。 彼が出て行くまで、私はじっと握ったスプーンから目を離さないでいた。 秋吉さんのタイプの音と、高山さんのミルクを温める音。 「…すみません、嫌な雰囲気にしちゃって」 「何で?…何ともないよ」 高山さんは笑って、蜂蜜を入れたホットミルクを出してくれた。 秋吉さんは一言だけ。 「…勝手に欠席させて、悪かったね」 と言った。 「いいえ、本当は行きたくなかったから…助かりました」 またいつもと同じ、のんびりした空気が戻って来ていて。 私はこの優しいオアシスみたいな場所で、険しい顔で嫌な言葉を口にせずに済んだ事に感謝した。 止めてくれた高山さんと、引き止めてくれた秋吉さんにも。 私が彼と付き合っていた事も、教師にならずに特にしたいと思って仕事を選んでいない事も、わかってしまっただろう二人は、何も聞かずにいてくれた。 その雰囲気が優しくて、少し辛かった。 「唯ちゃん、せっかくおめかししてるんだし…三人でご飯でもどう?」 手早く洗い物を片しながら、高山さんが言った。 「え?」 「ねぇ秋吉さん、行くでしょ?」 秋吉さんは、少し間を開けたけれど、 「…ああ」 と答えた。 私達は、秋吉さん、高山さん、私の順でまるでスマホの電波マークみたいな並びで歩き出した。 こうしてまともな時に見ると、秋吉さんは本当に背が高い。 「秋吉さん、何センチあるんですか…」 「…183だったかな、縮んでなければ」 「ちなみに唯ちゃんは?」 聞かなくてもいいのに、高山さんが私を見下ろした。 「150cmです」 本当は149.9だけど。 「ふっ、何か気迫を感じるねー」 くつくつ笑う高山さんを肘で突っついて黙らせる。 今日はヒール履いてるから150cmはゆうに超えてるもんね。 「唯さんは、食べたいものがある?」 耳によく響く低音に、唯さんなんて呼ばれるとちょっとドキドキした。
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