猫、九生

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「ねぇ、約束して?もう、2度と私を助けないって」 「ごめん。それだけは、出来ない。だって、俺は……お前のことが……」 不器用にーー遠慮がちに私の頬に触れる大きくて優しい手。 その手が優しく頬を撫でるのと同時に、何時も私は目を覚ます。 (ああ……今日も顔が見られなかったな……) 毎晩夢の中で出逢う不思議な青年。 1度も顔を見た事は無いけれど、私は何故だかーー心の何処かで彼を知っている気がした。 「あれは一体誰なんだろう。ね?ミャーコ」 そう呟きながら、膝にくったり頭を預ける猫の背を優しく撫でる私。 猫は撫でられるのが余程気持ちが良いのか、ごろごろと喉を鳴らしている。 「よしよし、ミャーコは可愛いねぇ」 私はそっと猫を抱き締めた。 実は、この猫ーーミャーコは、私こと秋月 真央(あきづき まお)が飼う2匹目の猫なのだ。 1番最初に飼っていた猫は、数ヶ月前ーー私が高校に入学して直ぐの春に不慮の事故で亡くしている。 いや、正しくは、前の猫ーーチー助は、私を庇って車に撥ねられ、亡くなったのだ。 (あの時は、本当に辛かったなぁ……) でも、酷く『辛い』という感情が残っている割りに、私は当時のことを余りよく覚えてはいない。 実は、庇われたとは言え、当時、私も車に撥ねられており、数日生死の境をさ迷っていたのだ。 それでも、無事に生還出来たのは、医師曰く「猫ちゃんが咄嗟に庇って私がタイヤの下敷きになるのを防いでくれたから」らしい。 (でも、私は……チー助にも生きていて欲しかったんだよ) そんな思いを込めながら、チー助の写真に手を合わせる私。 ちなみに、事故当時、チー助の遺体は余りにも酷い状態になっているということで返して貰えなかった。 チー助が私の元に帰ってきたのは、私が目を覚ましてから数日後。 ふわふわの毛皮が自慢の、勇敢な雄の三毛猫だったチー助は、冷たく小さな骨になって私のうちに帰ってきた。 その事実が、その小さな骨の軽さがーー余りにも切なくて、私の胸を悲しみでより深く切り裂いたのを今もはっきりと覚えている。 ミャーコがうちに来たのは、その数日後のことだ。 チー助と私が事故に遭ったあの現場に、ミャーコは1匹で佇んでいたのである。 チー助に供えられた花に物珍しそうに鼻を寄せながら。 そのチー助によく似た横顔に、私は一瞬で引き寄せられた。 そうして、私は1ミリの迷いもなくミャーコを抱き上げると、うちへと連れ帰ってきたのである。 ちなみに、連れ帰ってきた翌日、私はミャーコを念のため、動物病院へと連れて行った。 野良猫だったミャーコが何か病気になっていないか、見えないところに怪我をしていないか、調べる為である。 結果、病気も怪我もしていないことが分かったが、同時に驚きの事実も判明した。 なんと、ミャーコもまた、チー助と同じ、雄の三毛猫だったのである。 それを聞いた瞬間、ミャーコとの出逢いに運命的なものを感じる私。 その日から、ミャーコは私の新しい家族となったのである。 ああ、名前が女の子の名前なのは、わざとだ。 昔の日本の言い伝えに、体が弱い男の子は女の子の名前をつけて育てた、と何かの本で読んだことがあった私は、ミャーコにまでいなくなって欲しくない一心から、女の子の名前をつけたのである。
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