猫、九生

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すると、不意に私と蓮の間を強い風が吹き抜ける。 とても目を開けていられず、顔を伏せ、両目を閉じる私。 と、突然私の体が何かに持ち上げられた。 「な、何っ?!」 慌てて目を開けると、私の体をがっしりと掴む、黒くて大きな毛むくじゃらの2本の手ーーいや、前足が見える。 しかも驚くことに、先ほどまでテラス席に座っていた私の体は、今はテラスエリアのギリギリ内側……縁の部分に辛うじて立っているのだ。 少し目線をずらすと、遥か下に地面が見える。 この高さから叩き付けられたら、きっと、助からないだろう。 (一体何が起きているの……?) すると、私を掴む黒い前足の主が話しかけて来た。 「お前は、今日、ここで死ぬんだ」 想像していたよりずっと若く、幼い子供の声。 もっと恐ろしい声を想像していた私は少し拍子抜けしてしまう。 が、それ以前に……私は、この声に似た声に、聞き覚えがあった。 忘れもしない記憶を辿りながら、その名前を口にする私。 「ティーニー?あなた、ティーニーなの……?」 私を掴んでいた手がびくっと震える。 (やっぱり……!) この前足の主は、私がイギリスで助けられなかったあの仔猫だったのだ。 私は、優しくその黒い前足を撫でながら、ティーニーに話しかける。 「あなたは……やっぱり、私を恨んでいたんだね」 と、ティーニーは余程怒っているのか、震える声で答えた。 「当然だ。僕は、とても苦しかった。苦しんで苦しんで、死んだ。だから、お前にも同じ思いを味合わせてやる」 私をそのまま地面に落とそうとするティーニー。 だが、その腕を蓮が止める。 「……っ、違うだろ!確かに、お前は、少しは真央を恨んでるかもしれねぇ……。けど!本当のお前はただ寂しいだけだ!だから、最期に優しくしてくれた……必死に助けようとしてくれた真央を、連れて行こうとしてるんだ!違うかよ!」 蓮の言葉に、小さく震え始めるティーニーの前足。 (……ああ……この子は……) 私は、その変わらずふわふわな前足を優しく撫でると、そっと言葉をかける。 「……ねぇ、ティーニー?あの時は助けてあげられなくて、ごめんね。でも、私は……例え、あなたに恨まれていたとしても、あなたが大好きだよ。嫌いになったりしない。だって、あなたがいたから、大変な交換留学も頑張れたんだもの」 あなたは、私に沢山の物をくれていたんだよ。 「だからね……?もし、あなたが本当に寂しいなら……私も一緒に逝ってあげる」 そう告げると、私はティーニーに正面から向き直り、そのふわふわの体を精一杯の力でぎゅっと抱き締めた。 私の気持ちが伝わる様に祈りながら。
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