大わらわの半年間

12/16
33人が本棚に入れています
本棚に追加
/412ページ
「さて。現状については今報告してもらった通りだけれど、ここまで来ることができたのはひとえに皆の頑張りがあってこそよ。  本当にありがとう。  ただ、奪還は悲願ではあるけれど終着点ではないわ。むしろ国を取り戻してからが本番なのだから、あまり気負いすぎず、いつも通りにお願いね」  ひととおりの報告が終われば、会議ももう終盤。  改めて私達へと向き直ったサトリさんが、とても彼女らしい言葉で激励を口にする。  と、ダンテさんがニヤリと笑った。 「おうなんでェ、まるでもう奪還の成功が決定してるかのような口ぶりじゃねぇか」 「あら、当然でしょう?  長い年月をかけて万全に準備を整えてきた私達を、当日初めて知ることになる彼らが止められるはずなどないわ」 「はっ、違いねぇ」 「蜂の巣をつついたように混乱する奴らの姿が、目に浮かびますな」  さらりと微笑むサトリさんに他のみんなもニヤリと笑う。  すごい説得力だなぁ…。  サトリさんの言葉を聞いていると、本当に簡単なことのように思えてくるから不思議だった。 「ミメイとソラもよく頑張ってくれたわね。  この半年間は二人とも勉強や手伝いが主だったけれど、これからはどんどん前に出てもらうから、存分に力を発揮して頂戴」 「うん!」 「え、お母さんが『どんどん』とか洒落にならないんだけど…」 「…貴女達って性格も趣味も全然違うのに、どうしてそんなに仲がいいのかしらね」  真逆の反応を返す私達にゾフィーが肩をすくめ、同意するようにみんなが笑う。  そんな中、さっきとは逆に、リズちゃんとロックさん達三人が顔を引きつらせるメイへと深い同情の籠もった目を向けていた。 「じぃ~」  一方、私の隣でシファと仲良く並んで座るミーアは、先ほどからキラキラと期待に目を輝かせながらサトリさんを一心に見つめいていた。  シファのお姉ちゃんとして(といっても歳はほとんど変わらないと思うけど)、最近は大の苦手だった勉強も一生懸命頑張り、遊ぶ内容もおままごとからお仕事ごっこに変わったりと、ますますおませさんになったミーア。  それだけに、今ミーアがどんな言葉を期待しているのかなんて手に取るように分かるわけで、その素直で可愛らしい眼差しに気づいたサトリさんがクスリと笑った。 「ふふ、ミーアもシファもきちんと言いつけを守れていたし、勉強もとても頑張ってくれたわ。  これなら、そろそろ二人にも簡単な仕事をお願いできそうね」 「ほんと!?やったわ、シファ!あたしたちも、ついにおとなのなかまいりよ!」 「わぁ!」  褒められた二人が手を取り合いながら無邪気に喜ぶ。  たぶんシファの方はまだ、早く大人になりたいとかそういった気持ちはあまりないとは思うけど、純粋に友達が喜んでいるのが嬉しいのだろう。  とても微笑ましい光景に思わず頬を緩ませてしまう。  二人と一緒に仕事ができるようになったら、きっと楽しいんだろうなぁ…。  …あれ?メイとフィーナはどうして遠くを見つめているの? 「さて。最後になるけれど、決戦は十日後。そして、この村の出発は四日後になるわ。それまで各自残った仕事を片付けることはもちろん、心残りのないよう準備もしっかりね」  サトリさんの言葉にみんなが思い思いの表情で頷く。  そうして村で最後となる会議は、穏やかな雰囲気の中に少しだけしんみりした空気を混ぜて、静かに終わりを告げたのだった。  __奪還作戦開始、八日前__ 「よ、ようやく着いたぁ…。うへぇ、髪も服も、靴の中まで砂だらけ…は、はっくしょーん!」  メイのくしゃみが響き渡るここは、アリガルースの東に広がる長い沿岸の一角。  私とメイ、サトリさん、チアキさん、トキサダさんの五人は、海が一望できるアルドラの町で一泊したあと、日が昇るとすぐに宿を発ち、白く寒々しい砂浜を歩いて目的地であるこの場所まで来ていた。 「今日はまた一段と風が強いわね」 「うぅ…、そのせいでせっかくお洒落したのに台無しだよ…。ざらざらして気持ち悪…っくしょーん!」 「だからこちらの服にしておきなさいと言ったでしょう。それを貴女は格好がどうとか言って…」 「だって久しぶりの外出だったし、お洒落したかったんだもん…。  それに、お洒落と我慢は切っても切り離せない関係なの!ズズー…」 「姫様。人目がないとはいえ、もう少し品格を持って鼻をかんで下さい。…まあ、今の姫様を見てやんごとない方だと思う者もまずいないでしょうが」 「それどういう意味!?」  やれやれとため息をつくサトリさんとチアキさんは、厚手の毛皮を何枚も重ねた防寒服を着ていて、私とトキサダさんも同じものを身につけている。  服としてはそれなりに重量があるけど、風を通さずとても温かい構造をしているため、冬の海風が吹き荒れるこの場所でも寒さはまったく感じない。  この服を作ってくれたのはリズちゃん達で、一昨日の会議が終わって早々にサトリさんからお願いされていた。  その際、「五着分を明日の朝までっ!?」とか「しかも設計図の作成からって鬼ですかい…」とか「え?その後は二万着?え?」とか聞こえてきたので詳細を聞いてみたところ、今日のためだけだと勿体ないし、せっかくだから天ヶ原の標準防寒服にしようという話になったらしい。  自分の作ったものが国の標準になるだなんて、とてもやりがいのある仕事だと思う。  だから、すごいなぁという気持ちを素直に三人に伝えたものの、何故か盛大なため息をつかれてしまった。  一方、メイが着ているのはリズちゃん達と一緒に自分で作った防寒服。  本当は全員分デザインしたかったみたいだけど、機能性が落ちるというロックさん達職人組の反対により、自分の分だけ作ることになったのだとか。  お洒落に妥協しないメイと、機能に妥協しないロックさん達との議論は真夜中まで続いたと、出発前にゾフィーが呆れ顔で教えてくれた。  ちなみにメイ達が熱く議論を重ねている間、担当者の一人であるリズちゃんは、「どっちでもいいから早く作らせて~!」と涙目になっていたらしい。  そうして作られたものだったけど、なんだかんだと防寒性は高く、しかもお洒落を重視したデザインだけあってとても可愛らしく仕上がっている。  流石はメイである。  ただ残念なことに、私達が着ているものとは違って防風の性能は一切なかったため、風が吹く度に悲鳴を上げていた。  実はこうなることを予想したロックさん達はメイの分も作ってくれていたんだけど、みんなで勧めても、このくらいならまだまだ大丈夫!と鼻をすすりながら断られてしまい、結果今に至っている。  ふふ、メイは本当にお洒落が大好きだね。  …でも、風邪は引かないようにね? 「立派なお墓だね」  そんな私達の少し先には、二十三のお墓がひっそりと列を作って並んでいた。  もちろん一つ一つが小さいものだとはいえ、しっかりと手入れされたお墓が二十三も並べば結構な存在感があるわけで、この光景だけ見ればひっそりと表現するにはいささか無理がある。  けれど、ここは割れた卵のように岩に囲まれた入り江となっているため、遠目にはただの岩肌にしか見えず、秘匿された場所となっていた。 「ええ。ただ、皆海で命を落としたため、この下には誰もいません。  本来であればちゃんと弔いたかったのですが、私達にできたのはせいぜい墓を作ることくらいでした」  このお墓は、かつて帝国の侵攻を受けて火の海となった天ヶ原から、サトリさん達が脱出する際に同行した人達のもの。  決死の覚悟で海路を通って何とかこの場所までたどり着いたものの、その道中で魔物に襲われて命を落としたのだと聞いている。 「彼らや、他にも大勢の人達が全員命懸けで戦ってくれたからこそ、私達は今こうして生きている。  その思いを無駄にしてしまうのではないかと恐れを抱いたこともあったけれど、これでようやく報いることができるわ」 「はい…」 「長い道のりでしたな…」  お墓に目を向けつつもどこか遠くを見つめながら話すサトリさんの言葉に、トキサダさんとチアキさんも思い思いの表情を見せる。 「ねえ、もしかして、お父さんの怪我って…」 「…ええ。彼らと共に海で魔物と戦ったときに、私を庇って受けたものよ」 「そっかぁ…」 「いい機会だし、その辺りのことも二人にはあとできちんと話をしておきましょうか」  サトリさんを守るために戦ったライゼンさん達。  国を取り戻してくれると信じて耐え続ける天ヶ原のみんな。  王様は自分が望もうとも望まずとも、こんな風にたくさんの人達から思いを託され続ける運命にあるのだろう。  静かに微笑むサトリさんを見て、その肩にかかる重圧を改めて思い知らされたような気がする。
/412ページ

最初のコメントを投稿しよう!