サイドストーリー:ある村娘の幼馴染みのお話

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 目が覚めると、見覚えのある天井が視界に飛び込んできた。  俺達の寝床として用意してもらった部屋だ。  光の加減なのか、前回見たときより木目がハッキリと見える。  なんか、すげぇ寝た気がするぜ…。  何気なく目を向ければ、窓からは柔らかな日差しが差し込んでいた。  どこからともなく、小鳥達の楽しげな歌い声も聞こえてくる。  爽やかな朝であった。  ま、楽しそうに聞こえてその実、アイツらって縄張り争いとかしてたりすんだけどなー…。  あくびをしながら、寝ぼけた頭でぼんやりとそんなどうでもいいことを思っていると、ふわっと食欲をそそる良い匂いが鼻腔をくすぐってきた。  時間的にきっと朝食だろう。  昨日から一切何もしていないのに、夕食や湯浴み、寝床に続いて、朝食まで用意してもらうという状況にはなんだか罪悪感が募ってくるが、身体は正直なもので途端にぐぅっと腹の虫が鳴き出す。  今朝は何を食わせてもらえんのかな~…。 「って、朝かよ!?」  などと暢気なことを考えながら伸びをしたところで、一気に頭が冴えてきて、ようやく今の状況を理解した。  状況から察するに、どうやら昨晩気絶したあと、この場所に運ばれてそのまま朝まで眠ってしまっていたらしい。  慌てて跳ね起きて隣を見ればすでに寝床は空で、布団が綺麗にたたまれていた。  ま、まさか置いていかれた…!?  一瞬恐怖するも、すぐに布団の隣に置いてある荷物を見つけてひとまずはホッと安堵する。  こんなところに一人で置いていかれるなど、猛獣だらけの見知らぬ森に一人取り残されるようなものだ。 「とりあえず、俺も起きる…ん?」  そんなわけでなんだか急に心細さを感じて、何はともあれ早くロディ達と合流すべく、そそくさと布団から這い出しかけたものの、そこでふと、自分の着ているものが濡れていることに気づいた。  一瞬、まさかこの歳で寝小便かと血の気が引きかける。  しかしその箇所を見て思わず首を傾げてしまった。  というのも濡れていたのは下半身に留まらず、胸から下全部だったのである。  しかも線を引いたかのように胸元で綺麗に分かれており、濡れている箇所も寝汗というにはあまりにびしゃびしゃで、絞れば水が垂れてきそうなほどだった。  __まるで、そう__  __「河」に入ったあとのように__ 「……」  不意に頭をよぎった言葉に、何故か急に部屋の温度が下がったような気がして、ぞわっと鳥肌が立ってきた。  よ、よく分かんねぇが、これ以上は何かやばい…!  次気絶したら絶対やばい…!  また両腕で自分を抱いて、マンドラゴラだとちびっ子達に評判の例のポーズをとる。  ただ、そのまましばらくすると不思議と少しだけ落ち着いてきて、これからのことを考えられるだけの余裕が出てきた。  まず、今日は出発の日だ。  確かエドガーのおっさんの馬車は、午前二(八~十一時)の鐘が鳴るくらいに出ると言っていた。  となるとここを出発するのもあと少しのはずだから、それまでの間だけ気絶しないよう気をつければいい。  気絶しないために何よりも優先すべきは、ソラとの接触を避けること。  加えて余計なことを喋らなければ、生存率はさらに上がるだろう。  要するに、ソラと適度な距離を保ちつつ静かにしていればいいというわけである。  おお…!?  そう考えたら、なんか俄然いける気がしてきたぜ!  別段難しいことじゃないと分かれば、途端に希望が出てきた。  実験も然り、一見複雑で難解そうに見える問題が持ち上がっても、落ち着いて情報を整理すると、実はごく単純なことが重なっているだけだと分かることがある。  物好きだ、変人だと、何かと白い目で見られがちな実験も、時にはこうして役に立つこともあるらしい。  「物事ってのは意外とつながってるもんだから、好きなことに心血注ぐのは悪いことじゃねぇ」とは爺さんの言葉だが、ただの自己弁護でなく、意外と真理を突いていたのかもしれない。  んじゃ、ここからは静かに息を潜めて…って、いきなり朝食があるじゃねぇかー!?  ただ一歩前進したと思いきや、さっそく新たな問題が出てきて、早々にマンドラゴラへと逆戻りしてしまう。  これもまた実験ではよくあることである。  ともあれ朝食が何故問題なのか。  それは俺の席がソラの近くであり、しかも客人ということで席は固定となっていて、移動することもできないからである。  思い出すのは昨日の夕食。  肉が山盛りになった料理の皿を、この上なく真剣な表情で見つめるソラ。  仕方なくその皿を取ってやる俺。  偶然触れ合いそうになる手と手。  花がほころぶようにソラが笑う。  早まる鼓動。  迸る冷や汗。  ほんの指先でも触れた瞬間、また音もなく親父に首を刈られることが確定しているという恐怖に、ときめきではなく立ち眩みを覚えた、甘酸っぱさなど欠片もない、冷汗三斗ものの激辛な思い出であった。  幸いにも昨日はこの世界に別れを告げずに済んだものの、昨夜の湯浴み場の一件により今日は女連中のフォローを期待できない上、ソラ本人からは、即座に俺の注意力がゼロになる刀の話を度々振ってくるというトラップまでついているのだ。  接触を回避しきれる可能性は極めて低いだろう。  終わった…、と思わずここではない彼方を見つめてしまう。  親父…、お袋…。今までありが(略)。  しかしそんな風にして、遠い地にいる家族へと思いを馳せていたものの、  キィ…。  突然、妙に尾を引く音を響かせてひとりでに扉が開き始めた。  ビクッと思わず飛び上がる。  だ、誰だ…!?また俺を気絶させるつもりか…!?  お、俺はまだ何もしちゃいないぞ…!や、やめろ…!来るんじゃねぇ…!  後ずさりながら周りを見渡すも、部屋の広さとは対照的に、俺が出入りできそうな場所は今まさに開きつつある目の前の扉一つだけ。  どこにも逃げ場などなく、恐怖に目を見開いたまま、なすすべもなく扉が開ききるのを見守ることしかできない。 「…アンタ、何やってるんだい」  なので最後の抵抗として、扉から最も遠い位置で「俺は壁だ」と念じながら壁に張り付いていたものの、予想に反して入ってきたのは心底呆れた顔をしたアリンナと、目を瞬くロディの二人だった。 「……」 「……」  そのことにホッとしたのもつかの間のこと、若干気まずい沈黙が降りる中、スッと壁に張り付けていた手や顔を元に戻し、そのまま何気ない感じで腕を伸ばす。  「フゥ、ストレッチが気持ちいいぜ…」というポーズである。 「……」  そんな俺を見て二人が顔を見合わせる。 「……」  そして揃って優しい眼差しを向けてきた。  や、やめろ…!  そんな可哀想な奴を見る目で俺を見るんじゃねぇ…! 「お、お前ら、どこ行ってたんだよ…!」  なんだかいたたまれなくなってきて、ばつの悪さを振り払うべく慌てて声をかける。  と、アリンナがまた呆れ顔に戻って肩をすくめた。 「どこって、そりゃあもちろん手伝いだよ。客だからって遠慮されたけど、ここまでしてもらって何もしないってのも気持ち悪いだろ?」 「朝食の準備と浴槽の掃除を手伝っていたんだ。昨日から世話になりっぱなしだったからな」 「お、おう…」  どうやら二人も同じことを感じていたらしい。  至れり尽くせりの今の環境はもちろんありがたくはあるのだが、「働かざる者食うべからず」が徹底された俺達にとっては、同時にどこか居心地の悪さも感じてしまうのだった。  もっとも、いざ行動に移すかどうかについては個人差があったようだが。  俺が下らないことを考えている間にも、二人はしっかり働いていたのだということが分かって、ますますばつが悪くなってきた。
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