サイドストーリー:ある村娘の幼馴染みのお話

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「ああ、そうそう。昨日のことだけど、あとでちゃんとみんなに謝っときなよ。一応誤解だってことは分かってもらえたけど、フィーナとゾフィーなんて、一時は沈めるだとか切り落とすだとかで盛り上がってたんだからね」 「切り落とすって何!?」  ただ、突如として出てきた何やら物騒極まりない単語に、ひぃっと再び例のポーズをとってしまう。  震え上がる俺へ、聞きたい?とアリンナが哀れみの目を向けてくる。  しかしその隣で、思わずといった様子で少し内股気味になるロディを見て、聞いておいてなんだが全力で首を横に振っておいた。  世の中には知らない方がいいこともあるのだと、まさに昨日学んだばかりなのだから。 「ったく、物騒極まりない女どもだぜ…。  まあいいや、それよりも聞いて欲しい話が……って、なんだよ?」  肩をすくめながらため息をついていたものの、するとアリンナが俺を、具体的には俺の服をまじまじと見つめていることに気づいた。 「…いやだって、アンタ何でそんなビショビショなの?まさか、その歳で寝…」 「ちっげぇから!」  そのまま、うわぁ…と割と本気な顔でサッと俺から一歩引いたので、慌てて弁明する。 「寝小便じゃねえから!ああ、いや、違わなくて、聞いて欲しいのはまさにこの話なんだよ!」  聞いて欲しいことというのは、もちろんこの濡れている服についてだ。  当たり前のことだが、ここに来るまではこんな怪奇現象に遭ったことなど一度もない。  まあ、そもそも今までに気絶する機会がなかったからというのが理由のような気もするが、いずれにしても、肩を叩く感覚で気絶させてくるこの場所が危険地帯であることに変わりはない。  だから、次に気絶したら何かやばそうだから早く帰ろうぜ、といった旨のことを伝えたかったわけなんだが、 「あ、違わないってのは、寝小便だって意味じゃないからな!つまりこの寝小便みたいな寝小便じゃない濡れた跡についての話で…。  あれ、なんか言っててよく分からなくなってきたな…。って、そうじゃねぇよ!と、とにかく、ここはやべぇんだって!何がやべぇのか俺にもよく分からねぇんだけど、このままいたらすごくやべぇことになるのは間違いねぇ…!早くずらかった方がいいぜ…!」 「……」 「可哀想な奴を見る目をしてやがる…!しかも今度は言葉すらねぇ…!」  自分でも理由がよく分かっていない上に、アリンナが余計なことを言うものだから、結果、一人でノリツッコミをしている痛々しい奴みたいになってしまった。  当然の如くまるで伝わった様子はなく、頼みの綱のロディも困った顔で目を瞬いている。  くそぅ…。  いっそ「顔洗おうと思ったら、勢い余って水瓶に足から突っ込んじまったぜ!」とか誤魔化しといた方が良かったか…?  …いや、足から水瓶にってどうやって突っ込むんだよ。せめて頭からだろ…。  つうか、どんなに寝ぼけてたって、そもそも水瓶に突っ込むことなんてねぇよ…。 「って、アンタの寝言はどうでもいいんだった!そんなことより、大事な話があるんだよ!」 「寝言…」  しかし自分で自分に突っ込んでいる間に、無情にも俺の必死の訴えは寝言として片付けられてしまい、アリンナとロディが表情を引き締めて俺の前に座った。  まだ話は途中だったんだが、何となく、このまま寝小便がどうこうの話を続けられるような雰囲気ではなくなってしまったので、仕方なく俺も腰を下ろす。  今度はいったい何が始まるんだよ…。  そういえばまだ顔も洗っていないことに今更ながらに気づいて、今日も濃い一日になりそうだと、内心でそっとため息をついた。 「ただ、話をする前に、一応アンタの覚悟を聞いておこうと思ってね」 「だから何が始まんの!?」  案の定、続けてアリンナが何やら物々しい前振りをし出したので、思わず突っ込む。  話を聞くだけなのに覚悟が必要だとか、これから反乱を起こそうとする決起集会じゃあるまいし、いくらなんでも大げさすぎるだろう。  だからそんな気持ちを込めて軽く肩をすくめたものの、しかしいつものような冗談ではないらしく、アリンナ達の顔は真面目なまま変わらない。  逆に、ひしひしと伝わってくるただならない雰囲気に段々とこっちまで緊張してくる中、ちらりとロディと目配せをしたあと、アリンナがいつになくおもむろに口を開いた。 「カイト。アンタは、何が何でもローラを助けたいって思ってる?」 「は?」  ところが何が来るのかと身構えていた俺にかけられたのは、思いもよらない質問だった。  咄嗟に意図を掴みかねて、つい呆けた返事をしてしまう。  ただ少ししてその言葉の意味が理解できてくると、次第に今度は怒りがこみ上げてきた。  ローラを助ける気があるか、だと?  んなこと、今更確認するまでもないだろ…。  ギロッと目を見開いて思わず言い返しそうになる俺を見て、アリンナが少し慌てたように手を振る。 「誤解すんじゃないよ。もちろん、アンタがアタシ達と同じ気持ちだってことはよく分かってるさ。  ただ、昨日アンタが気絶したあとミメイ達から色々話を聞いたんだけど、ローラを助けようとするなら…というか、この話を聞いたらアンタももう無関係じゃなくなって、場合によっては危険に巻き込まれる可能性があるんだよ。だから、こうして改めて覚悟を確認してるってわけ」 「まさか、ローラの居場所が分かったのか!?」  瞬間、俺は堪らず身を乗り出していた。  確かに、ここなら何か手がかりが得られるかもしれないと期待してはいたが、まさかいきなりそこまでの進展があったというのか。  くそ、気絶なんてしてる場合じゃなかった…!  ローラのことは他の誰にも任せたくなかったから、トラウマに怯える身体に鞭を打ってここに来たというのに、あろうことか、自分の不注意でその機会を逃してしまった悔しさに歯がみする。  と同時に同じくらい強く期待が胸を焦がしてきて、相反する気持ちにどういう顔をしていいのか分からず、身を乗り出したままの姿勢で固まってしまう。  しかしそんな俺の一方で、ロディが静かに首を横に振った。 「残念だが、居場所は分からなかった」  その答えに、なんだ…、と一瞬肩を落としそうになる。  ただ、そう話すロディの表情からは隠しきれない期待と興奮が感じられて、すぐにハッとした。  見つかりこそしていないものの、もしかしたらそれに近い進展があったのではないか。  慌ててアリンナに目を向ければ、どうやら俺の勘は間違っていなかったようで、同じく希望に目を輝かせながら小さく頷きが返ってきた。  ま、マジかよ…!それじゃ、ホントに…?  ローラを助け出せるかもしれない。  今まではぼんやりとしか見えていなかった道が開け、淡い期待が確かな希望へと変化した瞬間だった。  まだ何も話を聞いていないし、話を聞いた二人も方法は見つかっていないと言っているのだから、喜ぶのは早計に過ぎるのだろう。  それでも、胸の内から溢れ出てくる熱い奔流にいてもたってもいられなくなった俺は、突き動かされるがままに勢いよく立ち上がり、高らかに宣言してやった。 「お前ら、今更危ないからって俺が日和見を決め込むとか、本気でそんなこと思ってんのか?  ローラを助けられるかもしれない。その可能性があるなら、俺の答えはもう決まってるんだよ!今更いらない気遣いしてんじゃねぇ!」  そのままビシッと指を突きつけてやる。  すると、まるで俺の答えが分かっていたとでも言うかのように、ロディがふっと口元をほころばせて力強く頷き、アリンナも肩をすくめつつも嬉しそうに笑った。 「ま、そう言うとは思ってたよ。アンタってバカで調子が良くてそのくせビビりだけど、結構一途なところがあるもんね」 「お前はとりあえず俺をバカにしないと気が済まないの!?あと、何かレパートリーが増えてね!?」  相変わらず褒めてんだか貶してんだか分からない言葉にガクッと肩が落ちる。  しかし、「他言は絶対ダメだからね」と前置きして続けられた話を聞いているうちに、すぐにそれどころじゃなくなった。
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