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アリンナが話す内容は、前に何度も聞いた帝国から逃げ出してきたときの話が可愛く聞こえてしまうくらい、突飛極まるものだった。
なんでもこの村の住人は全員が曰く付きで、大陸に住む人間ならガキですら知っている「大巨匠」や、死者さえも蘇らせることができるなんて噂もある「神の手」を始めとする、名だたる人物が勢揃いしているのだとか。
当然到底信じられるような話ではなく、普段なら何をバカなと笑い飛ばしているところだが、見惚れるような手さばきで高難度の刀をいともたやすく作っていた姿や、村には似つかわしくないハイレベルな設備の数々、ぼそりと聞こえてきてしまったおよそ薬の範疇を超えた恐ろしい薬の話などを思い返せば、噓だと一笑に付すのは難しい。
もっともだからといって素直に納得できるわけでもなく、道理でここの連中は雰囲気があるわけだぜ…、なんて理解が追いついていない頭で少しズレたことをぼんやりと思いながら話を聞いていたものの、そんなトンデモ人間達を統率しているのが、あの天ヶ原の女王だと聞いたときには流石に顎が落ちた。
確かにここの村長は何か普通じゃないとは思っていたが、まさか亡国の女王だったとは誰が想像できようか。
なのに、これに関してはすんなりとその事実を受け入れている自分もいて、やっぱ王様ってすげぇんだなぁ…、とやはり少々ズレたところに感心してしまった。
正直、あのちっこくて能天気そうなミメイが王女だということだけは未だにピンとこなかったが、戦うことが三度の飯より好きで、すべての価値基準が強さにあるというあの「戦闘狂」天ヶ原の人間なのだから、ああ見えてきっととんでもなく強いのだろう。
知らなかったとはいえ、そんな人達に胸がないだとかなんとか言ったことを思い出し、昨日ゾフィーニアが言っていたとおり、気絶程度で済んでホントに良かったと心の底から生きていることに感謝した。
と、ここまででもすでに十分過ぎるほど驚いたというのに、挙げ句にはその天ヶ原を取り戻し、あの強大な帝国を滅ぼすための準備を着々と進めている、なんて話まで飛び出してきたのである。
きっと話を聞いている間の俺は、相当な馬鹿面を晒していたことだと思う。
アリンナの前置きは、決して大げさでも何でもなかったのだ。
そして肝心のローラの捜索については、ミメイ達が国を取り戻したあとで動いてくれるという話になっていた。
今はとても割ける人手がなくて…、とミメイが申し訳なさそうに言っていたらしいが、俺達だけではそもそもまったくアテがなかったのだから十分過ぎる話だし、何よりあの「忍び」が捜索をしてくれるのである。
古今東西様々な物語に登場し、男なら誰しもが一度は憧れる影のヒーロー「忍び」。
まさかホントに実在しているとは思わなかったが、三階建ての建物をひとっ飛びで越え、水の中に何日も潜み続け、さらには川の上を走り、土の中にまで潜り、火すら噴けるという忍びにかかれば、いかに広い帝国領だとはいえローラを見つけることだってできるに違いない。
ちなみに元々ミメイ達はこの話をするつもりはなかったようで、始めは「双方にとって危険だから」とゾフィーニアが猛反対して一悶着あったらしい。
しかし結局は、まだ話していないのに何故かローラのことを鋭く見抜いたミメイに説得されて、しぶしぶ納得したのだとか。
あのゾフィーニアを説得できる人間が存在するとはにわかには信じられなかったが、ミメイが天ヶ原の王女だと分かった今では、すんなりと納得できてしまうから不思議である。
とそれはさておき、当然、俺と同じくローラの手がかりをずっと探し続けてきたアリンナとロディが、ただ連絡を待つだけなんてことをよしとするはずもない。
だから是非とも協力させてほしいと申し出るも、戦争への参加は断固として断られたため、最終的には国を取り戻したあとに色々と手伝うという話で落ち着いたのだという。
俺はローラのためなら戦争に参加することだって構わないと思っているが、アリンナがまったく同じことを彼女達に伝えたものの、今度はミメイとゾフィーニアを含めた全員で逆に説得されたようで、あっという間に言いくるめられたよ、と苦笑いしていた。
「とまあ、そんな話があったわけでさ」
「……」
一通り話を聞き終えても、しばらく俺の顎は落ちたままだった。
まったく想像だにしない、しかもあまりにもスケールの違う話に、頭も感情も追いついてこない。
だ、ダメだ…!
何から考えたら良いのかすらさっぱり分からねぇ…!
「…お前の気持ちはよく分かる。俺も未だにのみ込み切れていない」
混乱する俺へと、ロディが難しい顔をしつつも同情めいた目を向けてくる。
それを見て少し安心した。
これが普通の反応だろう。
むしろ、すんなりと受け入れているアリンナが変なんだと思う。
「つうか、部外者の俺達にここまで喋っちまっていいのかよ…?」
ともあれお陰で少しは落ち着きを取り戻せたので、ひとまず真っ先に頭に浮かんできた疑問を口にする。
何故なら聞いた内容をそのまま信じるのであれば、この村の連中はこれから帝国に対して反乱を起こそうとしているのである。
戦争のことはよく分からなくとも、相手は何百万という人間が住む北大陸を統べる巨大な国であり、少しでも怪しいと感じれば、他国といえどもこんな小さな村を潰すなどわけもないということくらいは分かる。
つまりこの村は今、本来なら用心に用心を重ねてもなお足りないような状況なわけで、にも関わらずいくら友人だとはいえ、これだけのことを話してしまうというのは理解ができなかった。
ゾフィーニアが反対したのももっともな話であり、少なくとも俺なら怖くてとてもできない。
すると、俺のそんな気持ちはしっかりと伝わったらしい。
アリンナが笑って肩をすくめた。
「そうなんだよ。だから、アタシもやっぱり同じことをミメイに聞いてみたんだけど、そしたらあの子、なんて言ったと思う?
『信頼してるから大丈夫』だってさ。
まったく、子供っぽいかと思えば、これだよ。器が大きいというか何というか…。ああ、この子はホントに王女様なんだなって納得しちゃったよ、アタシは」
そのときのことを思い出しているのか、楽しげに、それでいてどこか誇らしげな表情でアリンナが話す。
同時にその言葉は、ごちゃごちゃと混乱していた俺の心にストンと落ちてきた。
ああ…、やっぱり、ここはすげぇとこなんだ…。
やっぱりもなにも、天ヶ原の女王だの大巨匠だのと、そうそうたるメンバーが揃っているのだからすごいに決まっているんだが、雲の上すぎて全然理解が追いつかず、実感するにまでは至っていなかった。
いや、今だって正直理解も実感もできているとは言い難い。
それでも、大きなリスクを背負ってもなお当たり前のように「信頼しているから」と言い切ったミメイの言葉は、理屈を超えて俺にそのことを確信させてくれた。
きっと上に立つ人間ってのは、ごく自然にこういうことができる奴がなるんだろうな…。
ここで働いている連中の例外なく生き生きとした表情を見れば、全員が自ら進んでここに集まっているのだということが分かる。
「高いモチベーションを持ち、全員が同じ一つの目的に向かって動けば、一を十にも二十にも変えるだけの力を生み出すことができる」とは、手伝いが数人程度しかいない、しがない商人である親父の言葉だが、常日頃から、手伝いのやる気がないだの、急に来なくなっただのと、言葉とは真逆の方向で効果を証明している姿を見ているだけに、なかなか説得力があった。
まして今回は親父達のように素人に毛が生えた程度の連中とは違い、個々の能力が抜きん出て高い奴らばかりが揃っているのだ。
一体どれほどの力が生まれるのか想像もつかない。
そう考えたら胸の内で再び炎が激しく燃え上がり、この身を熱く焦がし始めた。
「すげぇ…!これは間違いなくすげぇぜ!今度こそ、ローラを助けられるに違いねぇ!はは!」
興奮のあまりいても立ってもいられず、つい立ち上がって声を上げてしまう。
「ちょ、ちょっと、落ち着きなって!」
そんな俺を見て慌ててアリンナが宥めてくる。
「ローラの捜索はミメイ達が国を取り戻したあとのことだし、まだ何も始まっちゃいないんだよ。
それに協力してもらったからって、必ず見つかるわけじゃないってことだけは、肝に銘じておかなきゃならないよ」
そのまままるで自分に言い聞かせるかのように、重々しい口調でアリンナがそう言った。
どうやらロディも同じ気持ちらしく、隣で目を固く閉じる表情からは覚悟のようなものが感じられる。
確かにローラを助けるには今アリンナが言ったとおり、まずミメイ達があの強大な帝国に打ち勝って国を取り戻す必要がある。
それは間違っても簡単なことではないということは、これまでにも何度もあったらしい反乱のことごとくが、ごく短期間の内に鎮圧されているという話からも明らかだろう。
しかも国を取り戻したあとも、百万を超える人間が住んでいる北大陸の中からたった一人を見つけ出さなければならないのだ。
だから二人が不安になる気持ちも分からないでもなかった。
が。
「あん?何言ってんだ」
二人の心配なんぞ、ハンと鼻で笑い飛ばしてやった。
そして、虚を突かれたように瞬く四つの目を改めてひたと見つめ返す。
「必ず見つけるんだよ。やる前から失敗したときのことを考える奴があるか。んなことを気にするより、成功したときにどうしようかって楽しみにしてた方がよっぽどいいじゃねぇか。
例えば、どんな決め台詞でローラを救い出してやろうか、とかな。
何を隠そう、俺なんてもうすでに数パターンも考えてあるんだぜ?」
ミメイ達ならいざ知らず、俺達のような平凡な人間にできることなんて高が知れているのだ。
そんな人間が何かを成し遂げようとするのなら、考えても仕方がないことに力を割くのではなく、焦りや不安などの気持ちも全部ひっくるめて、ただ目の前のことに全力でぶつかっていくしかない。
ぐだぐだと後ろを向いて立ち止まっていたって、何一ついいことなんてないのである。
これは、自分が何か特別な能力のある優秀な人間などではないのだと気づいてから、自然と身についた考え方だった。
「……」
俺の言葉に、思わぬものでものみ込んだかのような顔をしてアリンナが目を瞬く。
と、その肩にポンッとロディの手が置かれた。
「カイトの言うとおりだな。どうやら、俺達は少し臆病になっていたらしい」
「…そうだね。でもまさか、カイトに諭される日が来るなんて思わなかったよ」
「へへっ、存分に見直していいぜ!」
「はいはい、お見それしました」
「見事なまでの棒読みだぜ…」
ふっと笑うロディ、やれやれと肩をすくめるアリンナ。
表情は違えどそこにはもう不安の色はなく、俺と同じくただ希望だけを一点に見据えて燃えているのが分かる。
いかにミメイ達の心強い協力が得られたとはいえ、あくまで主体は俺達。
任せきりにするのではなく、俺達自身の手でローラを助け出すのだ。
考えなければならないことや準備すべきことは山ほどあるはずだから、しけた顔をしている暇なんてない。
待ってろよ、ローラ!もう少しの辛抱だからな…!
そうして興奮も冷めやらぬまま、あっという間に帰る時間がやってきた。
この時の俺にはもはや気絶の心配など頭の片隅にもなく、きっとそれが逆に良かったのだろう。
無事に自分達の村へとたどり着くことができた。
村に帰ってからは予想どおり、飢えた雛鳥さながらに話を聞きたがる連中に取り囲まれてしまう。
当然、俺が女に振られたとき然り、噂がわずか半日で村中に知れ渡るほど口の軽いこの連中に、ミメイ達の正体など間違っても正直に喋るわけにはいかないため、事前に口裏を合わせておいた話で適当に誤魔化しておく。
アリンナはともかく、口下手なロディもいるから若干誤魔化しきれるか不安だったが、連中の興味はもっぱらいい男がいたかどうかということと、ソラ達美少女トリオのことに限られていたので、幸いにも問題となることはなかった。
なお、駄目押しとばかりにエドガーのおっさんのことを話題に挙げてみたところ、途端に興味を失ってサッと散らばっていくのを見て、いささか申し訳ない気持ちになったのはここだけの話だ。
一丸となって帝国打倒を目指す村がある一方で、色恋沙汰や噂話ばかりに夢中になるうちの村。
客観的に考えればむしろ後者であるうちの村が普通であり、前者の方がそもそもおかしいわけではあるんだが、この意識の違いには思わずため息が出てくると同時に、なんだか恥ずかしくもなってくる。
ともあれ、こうして非常に密度の高い一泊となった俺達の村訪問は終わりを告げた。
翌日にはふと冷静になり、改めてなんだかとんでもないことに首を突っ込んでしまったのでは!?と青くなったりもしたが、もちろん後悔なんてあろうはずもなく、今自分達ができることに全力で取り組んでいくだけだ。
そして、この時の出来事が後の人生を大きく変える起点となるのだが、当然今の俺達には知るよしもなかった。
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