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「……うん。いってらっしゃい…」
「え!?」
どうしよう!?ああ、どうしよう!?と微妙に韻を踏みながら激しく動揺する私の予想に反し、小さな肯定の声が返ってきた。
「い、いいの?」
いいも何もないんだけど、まさかすんなり頷いてもらえるとは思っておらず、驚きのあまりついシファを振り向いて聞き返してしまう。
「みーあちゃんがね、『りっぱなレディは、おかあさんを、こまらせたりしないのよ!』っていってたの。
いいこでおるすばんしてたら、みーあちゃんのおかあさんが、たくさんほめてくれたんだって。
『だからシファも、ちゃんとおるすばんできたら、きっとソラちゃんがすごくほめてくれるわ!』っていってたんだよ」
すると、たどたどしくも一生懸命理由を説明してくれた。
み、ミーア…!なんて頼もしい…!
シファが村にやってきて以来どんどんお姉ちゃんらしくなっていったミーアだったけど、今回もその成長ぶりを存分に発揮してくれたらしい。
ミーアだって大好きなマリナさんがいなくて寂しいだろうに、シファから頼られるよう日々頑張る姿には微笑ましさを感じると同時に、じーんと感激もしてしまう。
「おかあさんがいないのはいやだけど、おかあさんがこまるのは、もっといやだもん…」
「し、シファ…!」
目を潤ませながらも掴む手に力を込めて泣かないよう一生懸命堪える姿に、たちまち感動は極致へと達し、またもや泣きそうになってしまった。
うぅ…、なんて健気な子達なの…!
そうだよ、幼い二人がこれだけ頑張っているんだから、私だって頑張らなくちゃ…!
二人より大人の私が情けない姿を見せるわけにはいかない。
まして私はシファのお母さんなのだから。
そう思った途端、心に渦巻いていた訓練への不安は余すことなくすべてやる気へと変化し、煌々と燃え上がり始めるのを感じた。
「ありがとう、シファ~!シファは本当にいい子だなぁ~。う~ん、いい子、いい子~」
「え、えへへ~」
なので心の底からの感謝と感激を込めてギューッと抱きしめながら頭を撫でてあげれば、まだ目尻には涙を溜めたままではあったものの、すぐに笑顔を見せてくれた。
初めはシファが素敵な大人になれるように頑張らなくちゃ、なんて意気込んでいた私だったけど、こうして一緒に過ごしてみると、逆に自分の方こそ色々なことを学び、受け取っているのだと気づかされる。
きっとこんな風にして、これからもたくさんのことをシファと共に学んでいくのだろう。
楽しみだなぁ…。ふふ。
そうしてシファとミーアから大きな勇気をもらった私は、二人にお肉とお菓子のお土産をたくさん買って帰ることを固く決意し、帝国領へと出発した。
今回私がトキサダさんと共に向かったのは、コルサニアの街があるゼグリィス区とダーグネイトのちょうど中間に位置するユーガドノルス区。
ここにはマリナさんが確保してくれた大きな地下施設があり、そこで一ヶ月の間訓練を行う予定となっていた。
実は同じような訓練場所はユーガドノルス区以外にも各区に数多く点在していて、リュートさんやリズちゃんも銘々の場所で自分が指揮する部隊のみんなと訓練を行っている(今回リズちゃんは村でお留守番だけど)。
もちろん本来なら全員合同で訓練をするのが一番いい。
だけどまさか大々的に表立って行うわけにもいかず、かといって全員が集まれるほど広い地下施設を見つけるのも容易ではないので、各地から集まる時間や労力なども踏まえた結果、こんな風に分散して訓練をするのが最適だという判断になったのだった。
地下の訓練施設は小さいところで二百人程度、大きいところならその倍以上が入れる規模のもので、表向きは普通の多目的広場や倉庫としての看板を掲げている。
でも実際は管理をマリナさんの部下の商人達が行っていて一般の人達が利用することはできず、加えて警備は忍びが担当し、設備にもダンテさん達による防音処理が施され、訓練中も一切外出はせずに食事や寝泊まりはすべて施設内で行い、終了後は決められたルートで順番に帰宅するという、怪しまれないための徹底的な体制がとられていた。
当然私達も例外ではなく、みんなに倣って滞在する。
訓練は施設の大きさの都合上、三階級ごとに分けて行われ、例えば今回なら将軍であるトキサダさんから始まり、侍頭、侍の階級の人達が集まることになっていた。
この他にも侍の下には足軽小頭、足軽という階級の人達もいるため、侍頭、侍、足軽小頭、あるいは侍、足軽小頭、足軽という組でもそれぞれ集まって訓練を行っている。
とはいえこの方法はやはり苦肉の策。
バラバラに訓練していてはどうしても全体の足並みに乱れが出てきてしまうし、軍にとって装備や個々の強さ以上にまとまりが重要であることを考えれば、この問題は致命的とすら言えた。
ただ他にどうすることもできない以上、無い物ねだりをしていても仕方がない。
それに全員が同じイメージを持ち、各々の役割に徹して戦うことができれば、その溝を極力小さくすることはできる。
なので訓練は、あらゆる場面を想定した部隊の動きを頭と身体にたたき込んで共有するという他に、連帯感や信頼感を高めることにも重点が置かれ、よって試合の時間が多く設けられていた。
というのも、
__武者は言葉ではなく刀で語り合うものだ__
とは剣の師であるライゼンさんとトキサダさんから教わったことの一つだけど、どうやら天ヶ原では広く親しまれている言葉らしく、連帯と信頼を深めるのにこれ以上の案はないということで取り入れられたのだとか。
しかもその試合も一対一ではなく、長時間の一対多数戦あるいは乱戦を想定したかなり実戦を意識した形式となっており、精神と身体にかかる負荷は大きいものの効率よく色々な人と戦えるので、連帯感や信頼感を養いつつ個々の戦闘能力も高められるようになっていた。
今の私達にはまさにうってつけのものだと言えよう。
ただそうして始まった訓練だったけれど、数百という未だかつてない膨大な初対面の人達を前に、情けないことに人見知りの私はガチガチに緊張しており、それが伝わってか、いざ試合が始まってもみんな戸惑ったような目を向けてくるばかりで、誰も打ち込んでこなかった。
これにはさっそくみんなの足並みを乱してしまったと、シファ達からもらった勇気も縮みかけたけど、しかしそれも最初だけのこと。
思い切って私から仕掛け、一人、二人と刀を交えていくうちに段々と彼らの表情も変化していき、ほどなくしてみんな目を爛々と輝かせながら積極的に打ち込んでくるようになった。
天ヶ原の人達はみんな武芸が達者という言葉に偽りはなく、放たれる一撃はどれも鋭い。
でも達者という以上に、そこからは祖国を取り戻そうとする気迫がひしひしと伝わってきて、だから私も彼らの気持ちに応えるべく、全身全霊を込めて一撃を返していく。
熱が入りすぎて最後はほとんど誰も立っていなかったけど、その甲斐もあって、初日が終わった時点ですでに私達の間にあったぎこちなさはすっかりと霧散していた。
口下手でも刀があれば分かり合うことができるのだと、深い感銘をもって私の心に刻み込まれた瞬間である。
みんなのやる気は本当に凄まじく、訓練後も手合わせをお願いしてくる人があとを絶たなかったため、以降も寝る間も惜しんで試合に明け暮れた。
お陰で三百八十六人全員の名前はもちろん、刀の癖も覚えられたし、たった一ヶ月という短い間だったけど、想像していた以上にしっかりと信頼関係を築くことができたんじゃないかと思う。
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