大わらわの半年間

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 その後は私だけ一足先に村へと戻った。  訓練の仕事はひとまずお終いということで、ここからは村で軍学の勉強をしながらみんなのお手伝いをすることになる。  本来なら村に帰るのは留守番の順番になったときくらいで、可能な限り部隊のみんなとの訓練に時間を費やすべきなんだけど、私は今回指揮をとらないということと、シファのことを考慮してもらった結果、この方がいいだろうということになったのだった。  実際お父さんも仕事柄なかなか家に戻ってこられないし、他のみんなも仕事の合間を縫って面倒を見てくれているとはいえ、当然つきっきりというわけにもいかないため、私まで長期間家を空けてしまえば、村に来てまだ間もないシファはきっと寂しい思いをしてしまうに違いない。  だから申し訳ないと思いつつも、この配慮はとてもありがたかった。  わがままを聞いてもらった分は、しっかりと働いて返さないと…!  と、そんな風にして私が訓練の仕事をこなしている間にも、周りの方でも色々な物事が動き出していた。  一つは、ダーグネイトとジスフィニドから正式に同盟を結ぶという返事が届いたこと。  ダーグネイトとはすでに口頭で約束を交わしていたし、ジスフィニドの方もゾフィーから間違いなく大丈夫だと聞いていたけど、これで本当に足並みが揃う形となった。  もう一つは、アリガルース、バースマルド、シンスニルの三国にて、帝国との戦争再開に向けた動きが活発化したこと。  まだ宣戦布告こそしていないものの、物資や人の動きから察するに、サトリさんの狙いどおり半年後の開戦となるのはほぼ間違いない。  ちなみに戦争再開の発端となったボルボンス家は、裏切りの事実が各国に暴露されたことでバースマルドとシンスニルの両国から厳しく責め立てられ、果てはこちらも想定したとおり、アリガルースにも「不正はかの家が単独で行ったことである」とあっさり切り捨てられて取り潰しとなった。  少し可哀想な気もするけど、自業自得なので仕方がない。  そして嬉しかったのが、アリンナ達が村へと遊びに来てくれたこと。  指名手配自体は私達がダーグネイトやジスフィニドに行っている時点で解かれていたし、だから本当ならもっと早くに連絡を取りたかったんだけど、大使の仕事を始めとしてしばらくはバタバタと動き回っていたので、なかなか時間がとれなかったのである。  というわけで久しぶりの再会に、この時ばかりは戦争のことも忘れてみんなで大いにはしゃいだ。  途中ローラさんというアリンナ達の大切な人の話になり、帝国と敵対するのなら是非とも協力させて欲しい、と言われたときにはびっくりしたけど(訳あってカイトはいなかったけど)、国を取り戻したあとで捜索を手伝うということで何とか納得してもらえたので、ホッと一安心。  相当な覚悟あっての言葉だとはいえ、流石に戦争に参加してもらうわけにはいかない。  ともあれアリンナ達とのお喋りはやっぱりとても楽しかったし、ローラさんのためにもまずは天ヶ原の奪還をしっかり頑張らなくてはと、ますますやる気が高まった一日だった。  決戦を前に、もちろん村の方でも着々と準備が進んでいた。  トキサダさん達は言わずもがな。  戻ってきた私と交代ということで、「これでやっと訓練に戻れるわ~!」と歓声を上げ、スキップしながら向かうくらい気持ちの入ったリズちゃんの様子を見れば、私達以外の部隊も相当な熱意をもって訓練に臨んでいることは想像に難くない。  そのリズちゃんより一足先に帝国領へと向かったマリナさん達は、早々に奪還の起点となる拠点の確保と改造を終え、みんなの装備に始まり、資材や食料、衣類など、防衛や復興も見据えたあらゆる物資の調達に取りかかっていた。  とはいえ物資の調達も決して簡単なことではなく、手当たり次第に購入していては、私達がアリガルース三国の開戦日を予測したようにすぐに尻尾を掴まれてしまうので、毎回、無数にある購入ルートを一つ一つ検討して慎重に進めなくてはならない。  それがどれほど大変なことなのかは、月に一回マリナさんと一緒に村に帰ってくる、バッツさんの魂の抜けたようなやつれ具合からもよく分かろうというもの。  でもマリナさんの方はまったく疲れた素振りもなく、嬉しさにはしゃぐミーアにねだられるままに話をしたり、一緒に遊んだりと、生き生きと休暇を謳歌していた。  私がシファを見て癒されるように、きっとマリナさんもミーアの笑顔で疲れなんて吹き飛んでいるのだろう。  お父さんはボルボンス家の件を終えたあと、次は戦争再開に向けて目まぐるしく状況が変わる各国を飛び回って諜報活動に勤しんでいた。  立場としては忍び頭であるチアキさんの部下という形になり、情報の収集、伝達、操作とやることは盛りだくさん。  物資配達や連絡のため定期的に天ヶ原内部に潜入する仕事もあり、家には滅多に帰ってこない。  なので久しぶりに戻ってきたときには、少しでも日頃の疲れを癒してもらうべく、シファと二人で料理を振る舞ったり、肩を叩いたりと、できる限り労ってあげた。  毎回泣いちゃうくらい感動するお父さんを見て、大げさだなぁ、なんて笑いつつも、嬉しくて私達もニコニコ。  これまではお父さんが長く家を空ける度に気落ちしていたものだったけど、幸い今はシファが一緒にいてくれるし、次は何をしてあげようかと考えるのも楽しくて、あまり寂しさを感じることはなかった。  ただ、家で過ごしたあとは必ず「長期出張のない仕事に変えてもらおうかな…」と真剣な顔で悩み始めるので慌てて説得しなければならず、それだけはちょっと困ってしまうんだけど。  もう少しのことだから、お父さんも頑張って…!  ダンテさん達は相変わらず日がな一日工房に籠もって、刀と携帯食を作っていた。  天ヶ原の外と中にいる全員分、つまり約二万本の刀とそれ以上の携帯食を短期間で作る必要があるため、工房からは毎日遅くまで鉄を叩く音や火を扱う音などが聞こえてくる。  普通なら武器も食糧もマリナさんに頼んで購入すれば済む話なんだけど、刀は大陸広しと言えども取り扱っている商人はほとんどおらず、あっても数がごく少ないので大量に購入することができないし、携帯食の方もダンテさんの手にかかると味が格段に上がった。  だから「刀と比べりゃ、携帯食なんて片手間で作れる」というダンテさんの言葉に甘える形で作製をお願いしている。  ちなみに、メイがケーキ味の携帯食を作ってもらおうと毎日寝る間も削って一生懸命レシピを考えていて、フィーナやホートさんを始めとする甘い物好きな面々が密かに楽しみにしていた。  落ち着いたら、私もお肉味の携帯食をお願いしてみようかなぁ。  アーデさんは相変わらず様々な薬の調合と研究をしつつも、天ヶ原全体の薬師のまとめ役として勉強会の開催や後進の育成をしたり、時にはチアキさん達と共に直接天ヶ原へと出向いて診断をしたりと、やはり忙しく動き回っていた。  天ヶ原内部の人達が劣悪な環境でも何とか健康を維持できているのは、薬や食料の定期的な差し入れだけでなく、これによるところも大きいに違いない。  なお、アーデさんの薬は病気や怪我をした人達だけでなく私達もよく活用させてもらっていて、栄養剤然り、村でも毎日大活躍している。  ただ怪しいものもやっぱり多く、「ナイトメア睡眠薬」だとか「骨も溶かせる胃液分泌促進剤」といった、思わず二の足を踏んでしまう名前をした大半の薬は、残念ながら作った本人以外は誰も使っていない。  アーデさんは「私がお勧めしているものは、すべて自分で臨床試験を行ってクリアしたものなので大丈夫ですよ」と熱弁しているし、実際具合が悪くなったことも一度もないんだけど、時々アーデさんの身体が心配になってくる。  エドガーさんも、引き続き天ヶ原全体の資金調達をしてくれている。  刀とか薬みたいにパッとは成果が目に見えないため、一見すると地味なようにも思えるけど、国として機能できるほどの膨大な資金を稼ぐというのは間違っても簡単なことではない。  しかもミーアが寂しくないようにと、長期間家を空けることはせずにやってのけてしまうのだから、やっぱりマリナさんのパートナーなのだと納得させられる。  マリナさんやミーアから遠慮なくバシバシものを言われたり、リズちゃんやロックさん達からも「レイス顔負けの影の薄さ」だとか、「地味すぎてときどき顔が思い出せなくなる」だとか結構すごいことを言われたり、果てはチアキさんにまで「彼は忍びに向いていると思います」なんて感心されたりもしているけど、本当はとってもすごい人なのだった。  ……。  うぅ…、ちょっと目頭が熱くなってきた…。
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