大わらわの半年間

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 そして全体の舵取りを行っているサトリさんも、何万もの人達の命と将来を預かっているという重圧も何のその、各担当者から引き切りなしに上がってくる膨大な情報を難なく捌いて、逆に的確な指示を矢継ぎ早に返すなど、相変わらず率先してバリバリ働いているし、チアキさんも村を起点として忍び達と連絡を取り合いつつ、時には自身も要所への侵入や諜報活動を行ったりと、目まぐるしく動き回っている。  もちろん若手組だって負けていない。  メイはダーグネイトから帰ってからはさらに頑張るようになり、頭を抱えたり愚痴を言ったりしつつも自分の苦手な軍事や経済関係のことにも自主的に取り組む姿に、珍しくサトリさん達が目を丸くしていた。  きっとダーグネイトのみんなの熱意に押されたのだろう。  それともアーフェウス王子かな?ふふ。  ゾフィーは天ヶ原の復興計画立案という大役を任されて、分厚い本の山に囲まれながら書類を書き上げたり、打ち合わせをしたり、連絡係の忍び達に指示を出したりと、とても生き生きとした様子で精力的に働いていた。  密かにライバル視しているメイがやる気になって、負けじと燃え上がっているということもあるんだろうけど、それ以上に仕事が楽しくて仕方がないという雰囲気が伝わってきて、ほっこりとした気持ちになってくる。  一方のフィーナも天ヶ原全体の物資や資金の管理という大役を任されていて、ゾフィーとは対照的に毎日悲愴な顔で頑張っていた。  「無理です…もう本当に無理です…」と言いながらもきっちりこなすので、任される仕事がどんどん増えていっているらしい。  サトリさんのことだから限界を超えて仕事を振ることはないと思うけど、この前お布団で心置きなく眠る夢を見ました…、と虚ろな目で微笑む姿を見たときには流石にちょっと心配になった。  お、お互い頑張ろうね、フィーナ…!  そんな風にして全員が一丸となって頑張っている中、私の方も当初の予定どおり、村周りの警備やみんなのお手伝いをしつつ軍学の勉強を進めていった。  お手伝いは相変わらず運搬、計算、整理、採取など多岐に渡り、軍学の勉強に関しては今まで学んできたことのおさらいを中心に、既存の戦略や戦術に一つ一つ自分なりの解釈を付け加えていく。  村周りの警備は気配探知能力を磨いてきたこともあり、今では他の作業と並行して行えるようになったので大した手間にもならなかったけど、他にもシファとミーアの勉強を見てあげたり、みんなが極力仕事だけに集中できるよう掃除や洗濯、料理や修繕なんかも積極的に引き受けていたため、それなりに忙しくしていた。  でもやりたいことはまだまだたくさんあり、例えば日課である鍛錬メニューの見直しもその内の一つ。  ログマスタさんとの試合や先の訓練にて自分の未熟な部分はよく分かったし、今後のことも考えればただ個人技を磨くだけでなく、護衛としての技術も鍛えておかなければならない。  それに天ヶ原や周辺地域の地形的特徴や過去の気象記録といった、この先必要になる可能性が少しでもありそうなものについても洗いざらい頭に入れておきたかった。  経験の少ない私がみんなに追いつこうとするなら知識で補うしかないし、もしかしたらそれが今後の勝敗を分けることだってあるかもしれないのだから。  しかし悲しいことに時間というのは有限で、すべてに取り組むためには半年という期間はあまりにも短すぎた。  かと言って各作業の効率化を図ろうにも、すでに自分ができる限界まで無駄を排除して作業を進めているので、これ以上はどうしようもない。  なので行き場を失った燃え上がるようなやる気を持て余し、なんとももどかしい気持ちを抱えたまま日々を過ごしていたものの、  …睡眠って必要なのかな?  あるとき、不意にそんな考えが頭をよぎった。  今だって鐘一つ分(約二時間)くらいしか寝ていないのだから、なくても同じなのでは?というのが理由である。  もし駄目なら駄目でそのときはまた戻せばいいだけだし、今は何より少しでも時間が欲しい。  というわけでものは試しと、さっそく実行に移してみることにした。  あれ、結構大丈夫かも…?  意外なことに徹夜した翌日はまったく眠気を感じることはなく、むしろ頭が冴えていつもよりも調子がいいくらいだった。  そのまま二日、三日と続けて様子を見てみたけど、やはり別段眠気はなく、異常も感じられない。  このことから察するに、どうやら今まで気づかなかっただけで、私は睡眠を取らなくても大丈夫な体質だったらしい。  問題がなさそうだと分かれば、すぐさまスケジュールを組み直し、今まで時間が足りなくてできなかったことに取りかかった。  鐘一つ分(約二時間)だけのこととはいえ、それが数ヶ月と積み重なれば結構な時間になるし、睡眠で作業を中断されることもなくなるので、単純に時間が得られたという以上に効率は良くなる。  そんなわけで思わぬ大発見に弾む気持ちのまま、昼も夜もなく思う存分働いた。  ところが。 「おかあさん、ぐあい、わるいの…?」  油断すると日にちの感覚が曖昧になりそうだということ以外は、新しい生活のリズムにもすっかり慣れた頃。  朝ご飯の支度を終え、もっと時間を作るいい方法はないかと頭をひねりながら食卓についたところで、すでにちゃんと一人で顔を洗えるようになったシファが、戻ってくるなり突然そんなことを言い出した。 「え!?」  驚いて顔を上げれば、声のとおりすごく心配そうな表情をしており、いつもなら元気よく揺れている尻尾も、今は耳と一緒に寝てしまっている。 「ど、どうしたの、急に?」 「だって、おかあさん、いつもとちがうよ…?  いつもはもっと、にこにこってしてて、げんきなのに…」  思いもよらない言葉に狼狽えながら聞き返すと、必死に訴える声が返ってきた。  じっとこちらを見つめる赤い瞳は不安げに揺れていて、大好きなご飯に見向きもしていないことからもその深刻さが伝わってくる。  こ、これは大変だ…!  正直体調が悪い自覚はまったくないんだけど、兎にも角にもシファの不安を取り除くべく、大慌てで鏡を取りに向かう。  ただそのままいったん朝食を脇に寄せ、シファの隣に座ってまじまじと持ってきた鏡を眺めるも、  うーん…、特に変わった様子はないような気がするんだけど…。  いくら目を凝らしてみても、見えるのは気の弱そうな女の子の困った顔だけ。  言われてみればどことなく青白いような気もするけど、そもそも鏡で自分の顔を見たのはずいぶんと久しぶりだから健康な状態の顔色が分からず、判断できないというのが本当のところだった。  それなら私、なんで鏡を取りに行ったんだろう…。  どうやら思っていた以上に狼狽えていたらしい。  ちなみに、私が鏡を見ることはおろか触れることすら久しぶりだという事実は、メイやサトリさんに聞かれたら大変なことになるので、もちろん秘密である。 「大丈夫…だと思うけどなぁ…。そ、そんなに具合悪そう…?」  首を傾げながら隣を振り向けば、コクコクとすごい勢いでシファが頷いた。  己の顔色すらろくに把握できていない私には分からずとも、いつも見てくれているシファが言うのであれば、きっとそうなのだろう。  となると、お手伝いに行ったところで同じことを言われてしまう可能性は高い。 「それじゃ、今日は家で大人しくしてようかな…」 「ほんと?」  シファやみんなに心配をかけるのは本意じゃないし、もしそれが原因でみんなの集中を妨げるようなことがあっては本末転倒もいいところ。  ならば家にいる方がいいと判断してそう言うと、シファの顔に明るさが戻った。 「うん。家の中でもできる仕事はたくさんあるからね」 「え…」  しかしそのことにホッとしたのもつかの間のこと、私の言葉を聞くなり、また不安そうな顔に逆戻りしてしまった。  あ、あれ…!?
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